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社会に存在する問題に「真の名」をつけることの力
この本を読み進めるにつれ、「私が伝えたかったのはまさにこれだ」と何度も、何度も頷いた。「ミソジニーの標石」で、ソルニットは、「女は自分のジェンダーへの忠誠心がないことで嫌われる。だが、面白いことに、女は自分のジェンダーへ忠誠心を抱いても嫌われるのだ。女は主要な女性候補を支持すると、生殖器で投票していると責められる。だが、アメリカの歴史を通じて、たいていの男性が男性候補を支持しているのに、ペニスで投票していると責められたことはない」と書いているが、これは、選挙中に(生殖器の名前抜きで)私がよく夫や娘にぼやいていたことだった。
これを含め、選挙中に私が感じたことをこれほど明瞭かつ明快に代弁してくれたエッセイはほかにない。
私が現地で体験したことをすばらしい文章で代弁してくれたのはもちろん嬉しいが、ソルニットの素晴らしさは、私たちが知らなかった歴史の数々を教えてくれ、これまで何の関係もなかったかのような歴史上の点を繋げてくれることだ。カリフォルニアがいかにしてアメリカの領土になったのかを語る「国の土台に流された血」というエッセイを読むと、選択的に移民を廃除することに積極的なトランプ政権と、彼の移民政策を支持するアメリカ人の傲慢さをさらに強く感じるようになる。
2016年の選挙では、「purity test(純潔さの試験)」という言葉も飛び交った。特に左寄りの急進派が、ヒラリー・クリントンが共和党の家庭で育ち、高校生のときに共和党候補の支援活動をしたことなどをあげて批判したことだ。つまり、「100%完璧でない者は、100%否定するべきだ」という態度のことだ。それについても、ソルニットは「脇の下の垢」の中で「あまりにも多くの人が完璧さを信じていて、そのために完璧ではないものすべてを貶めてしてしまう」、そして「無邪気な冷笑家」では「無邪気な冷笑家は可能性を撃ち落とす」と語る。
完璧である必要はない
ソルニットは、私より政治的には左寄りの立場だと思う。政策面ではきっと同意できないところもあるだろう。だが、極端なイデオロギーの背後にある怠惰さを指摘し、長期的な視点での社会運動の重要さを何度も語る彼女のエッセイを読んで、これまでと考え方が変わったところもある。私たちの間に違いはあっていいし、完璧である必要はない。それを認めあい、あきらめずに語り合い、活動することが必要なのだ。
この本を翻訳する合間に読んでいた本のひとつに、ブッカー賞のロングリスト候補になった『Frankissstein(フランキススタイン)』という小説がある。フランケンシュタインを元にした、非常にクリエイティブな作品だ。その中で、主要な登場人物が「アダムの役割は世界に名前をつけることだった。(中略)名前をつけることは、今でも私たちの主要な役割である。(中略)ものごとを正しい名前で呼ぶことは、それらに本人証明用ブレスレットやラベルをつけたり、シリアルナンバーをつけたりする以上の意味がある。われわれは、ビジョンを喚起するのだ。名前をつけることはパワーなのだ」とスピーチする場面がある。
それを読んだとき、セレンディピティだと思った。
私は、子供の頃から魔法が出てくるファンタジーが好きなのだが、欧米の魔法ファンタジーでは「真(まこと)の名前」は非常に重要な意味を持つ。「真の名前」は本人の真相を表すものなので、他人に知られるとパワーを明け渡すことになる。だから魔力を持つ者は真の名を隠すのだ。
私たちがパワーを持つためには、現在起こっていることを誤魔化さず、見過ごさず、深く掘り下げることで、ものごとの「真の名」を見つけることから始めなければならない。そして、見つけたら、その真の名を堂々と使うことにも慣れなければならないのだ。
そして、ものごとに真の名をつけるために必要な知識と思考力も、あきらめずに、つけていこうではないか。
(2019年9月)
Call Them by Their True Names: American Crises (and Essays), Rebecca Solnit Haymarket Books, 2018 『それを、真の名で呼ぶならば――危機の時代と言葉の力』渡辺由佳里訳(岩波書店)
~~『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(渡辺由佳里著、亜紀書房刊)より転載。
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