コラム

トランプ政権下で起きている児童書の変化

2018年06月12日(火)17時00分

だが、ファンタジーや、ティーンのロマンスをテーマにした本だけがYAではない。特に今年のBEAでは、社会正義をテーマにしたノンフィクションの新刊が目立った。

まずは、少女たちに自発的な行動を促すフェミニスト的なノンフィクションである。

『高慢と偏見とゾンビ』、『ミス・ペレグレンと奇妙なこどもたち』などの大ヒット作で知られるインディ出版の Quirk ブックスは、ケイリン・リッチ著の『Girls Resist!(少女たちよ、抵抗せよ!)』というタイトルを一押し作品としてPRしていた。これはティーンの少女たちを対象に、政治的なプロテストの方法を教えるガイドブックだ。これまでの政治運動は、ほとんどが若い男性がスタートしたものであり、女性はそれに加わるという消極的な役割でしかなかった。この本の目的は、少女たちに自分のパワーを信じさせ、自ら行動を取らせることだ。

今年2月には、ハーパーコリンズから『A Girl's Guide to Joining the Resistance: A Feminist Handbook on Fighting for Good』という、同じように少女を対象にした政治運動の啓発本が出ている。

歴史的に有名な女性たちからインスピレーションを得るというのも今年のトレンドのひとつだ。『The A-Z of Wonder Women』、『Rad Girls Can: Stories of Bold, Brave, and Brilliant Young Women』、『History vs. Women』などのノンフィクションは、いずれも伝統的な女性のイメージや役割を超えて世界を変える行動を取った女性たちを紹介している。

移民の視点を伝える本もこれまでより多かった。

BEAで出版社がPRに力を入れていた『Darius The Great Is Not Okay』(Dial)は、イランからの移民の少年ダリアス(Darius)の心境を描くYA小説だ。学校ではイスラム教徒としてよそ者扱いされ、故郷のイランでは「アメリカ人」とみなされる。

『My Family Divided』は、女優ダイアン・ゲレロの2016年刊行の自伝を中学生から高校生向けに書き直したものだ。ゲレロが14歳のときにコロンビア出身の家族全員が移民税関捜査局(ICE)に逮捕されて強制送還され、アメリカで生まれたために国籍を持っているゲレロだけが1人取り残された。有名な女優の体験談だからこそ、家族が引き離される悲劇が若者の心に伝わりやすい。

もうひとつのトレンドは「グラフィック・ノベル」だ。定義は曖昧なのだが、スーパーヒーローを中心とした「アメリカンコミックス」や日本の漫画とは異なるカテゴリとみなされている。今年YAジャンルで際立ったのは、社会正義のメッセージと「グラフィック・ノベル」との融合だ。中高生に複雑なメッセージを伝えるためには、ビジュアルなグラフィック・ノベルはパワフルなツールになるからだ。

yukari180612-bea02.jpg

グラフィックノベル『Mandela and the General』(John Carlin, Oriol Malet : Plough) Yukari Watanabe/NEWSWEEK JAPAN

アメリカでは今年8月に刊行される『Illegal』はそれを実現した一例だ。12歳の少年 Ebo は、北部アフリカの故郷からヨーロッパへの移住を夢見る兄を追って違法移民になる。金を受け取るだけで人命には無関心な移民密輸業者のために、兄弟は砂漠をさまよい、危険な船で地中海を渡る。児童書の国際的ベストセラー『アルテミス・フォウル』の作者であるアイルランド人作家オーエン・コルファー、DCコミックのバットマンなど多くの作者であるアンドリュー・ドンキン、イラストレーターのジョヴァンニ・リガノの共作であるこの作品の終わりには、「これは安易に取り組めるような旅ではない。この旅をする決意をした者には、それぞれに理由がある。そして、彼ら全員が人間なのだ」とある。

共著者のコルファーは、本にサインをするとき、自分の名前に加えて「人は誰も『違法』ではない(No One Is Illegal)」と書く。共著者たちが読者に伝えたいメッセージはそこなのだろう。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、中国製半導体に関税導入へ 適用27年6月に先送

ワールド

リビア軍参謀総長、トルコの墜落事故で死亡

ビジネス

米国株式市場=続伸、S&Pが終値で最高値 グロース

ビジネス

再送-11月の米製造業生産は横ばい、自動車関連は減
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story