- HOME
- コラム
- ベストセラーからアメリカを読む
- 米文学界最恐の文芸評論家ミチコ・カクタニの引退
米文学界最恐の文芸評論家ミチコ・カクタニの引退
書評家という存在を越えてカルチャーアイコンとなったミチコ・カクタニ mbbirdy-iStock.
<アメリカ文学界で最も恐れられたニューヨーク・タイムズの文芸評論家ミチコ・カクタニが引退を表明。歯に衣着せぬ毒舌を浴びせられた大御所作家は数知れないが、その業績は高く評価されている>
ニューヨーク・タイムズ紙の書評欄主任(chief daily book critic)のミチコ・カクタニ氏が7月末に引退を発表した。このニュースは、瞬く間にソーシャルメディアで広まり、主要メディアも大きく伝えた。
ミチコ・カクタニは、「角谷美智子」という日本名も持つ日系2世のアメリカ人で、イエール大学卒業後、ワシントン・ポスト紙に記者として務め、タイム誌を経て、1979年から記者としてニューヨーク・タイムズ紙に加わった。83年から書評を書き始めて現在に至る。
作家ではない文芸評論家の引退がアメリカだけでなくイギリスでも大きなニュースになったのには訳がある。カクタニは、最も影響力を持つ文芸評論家として、英語圏の文学界に長年君臨した女王的な存在だった。
サイモン&シュースター社の社長であるジョナサン・カープはこう説明した。「ミチコ・カクタニから絶賛を受けるのは名誉の印であり、本格的な作家にとって究極のお墨付きだ。彼女は非常に尊敬され、非常に恐れられてきた」
なぜ「ミチコ・カクタニ」という名前は、作家たちに「恐れと魅惑」という両極端の強い感情をかきたてるのか?
【参考記事】大統領選の波乱を予兆していた、米SF界のカルチャー戦争
作家と交友関係を持たず、他者からの影響を徹底的に拒否するカクタニの書評は、新聞に掲載されるまでは誰にも予想できない。無名の新人のデビュー作を褒め、出版社が大金の宣伝費を使った大御所の作品をこき下ろす。「気に入りの作家」などというものはなく、ある作家の一つの作品を絶賛しても、次の作品を容赦なく叩きのめす。
カクタニの書評は、しばしば「(独断的)opinionated」と批判されるほど独自の鋭さを持っている。ときに、英語ネイティブでも辞書を使わないとわからない難しい表現がしばしば出てくる彼女の書評は、それだけでも読みごたえがあり、一種の「アート」として捉えられるようになった。
本来、書評は本選びの参考にするために読むものだが、取り上げられている本は読まなくても、カクタニの書評だけは必ず読むという読者が生まれた。カクタニの業績は高く評価され、98年にはピュリッツァー賞を受賞した。
カクタニの褒め言葉は作家を天にも昇る心地にしてくれるが、悪い評価は、作家を地獄に突き落とす。作家のニコルソン・ベイカーは、「カクタニからネガティブな評価を受けるのは、麻酔なしに外科手術を受けるようなもの」と表現した。
英王室から逃れたヘンリー王子の回想録は、まるで怖いおとぎ話 2023.01.14
米最高裁の中絶権否定判決で再び注目される『侍女の物語』 2022.07.02
ネット企業の利益のために注意散漫にされてしまった現代人、ではどうすればいいのか? 2022.03.08
風刺小説の形でパンデミックの時代を記録する初めての新型コロナ小説 2021.11.16
ヒラリーがベストセラー作家と組んで書いたスリル満点の正統派国際政治スリラー 2021.10.19
自分が「聞き上手」と思っている人ほど、他人の話を聞いていない 2021.08.10