コラム

こんまりの「片づけ本」がアメリカでバカ売れした理由

2015年07月27日(月)15時40分

 自宅の大規模な増改築をすることになり、家をいったん空にしなければならなくなった。東京から香港を経てボストン郊外の現在の家に引っ越してきたときにいらないものを捨ててスッキリしたはずだ。それなのに、気づいたら家中にモノがあふれている。20年の間にバクテリアのように増殖した感じだ。

 家事の中で掃除が一番苦手な私は、自己啓発書に自分の欠陥を責められるのが嫌で片付けがテーマの本を避け続けていたのだが、目の前に迫った重要なタスクのためにモチベーションが欲しくなった。

 そこで、全米で注目を浴びている「こんまり(こちらでもKonMariと呼ばれている)」さんの『人生がときめく片づけの魔法』(サンマーク出版)の英語版「The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing
」を読んでみることにした。アメリカで大ベストセラー(5月14日時点、アマゾンでNo. 1の堂々たる全米トップ)になっている現象に興味があったので、その秘密も知りたい。

 アメリカではこれまで沢山の「片付け術」の本が刊行されている。私が知るアメリカ人の家は平均的な日本人の家よりずっと片付いていて、夫の家族や友人の家は常にインテリアデザイン雑誌に載せられる状態だ。そんなアメリカで日本人の本がこんなに売れたのは本当に不思議だった。

 読んでみて感心したのは、著者が「片付けられない人」と「片付けが得意な人」の心理と傾向を熟知していることだった。モノが溜まった理由や、捨てられない理由など、心当たりがあることだらけ。事例も、「これは私だ!」とか「これは夫。これは姑」と自分や周囲の人がすぐに浮かんでくる。

 でも、日本人向けに書かれたものだから、アメリカの住宅事情や文化背景に合わないところがある。それなのにアメリカの読者の評価は高い。

 じつは、アメリカの読者にとっては、この文化の違いこそが新鮮なのだ。アメリカの片付け本は、おおむね方法論でしかない。「キッチンはこう収納し、デスクはこう片付ける」といった細かいハウツーが載っている。だが、こんまり本は違う。読者の心理を知り尽くしたうえで人生を根こそぎ変えてくれる、哲学と人生学の本なのだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた

ワールド

トルコ中銀が2.5%利下げ、インフレ鈍化で 先行き

ビジネス

トランプ氏、ビットコイン戦略備蓄へ大統領令に署名

ビジネス

米ウォルマート、中国サプライヤーに値下げ要求 米関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story