コラム

サイバー攻撃のアトリビューションは魅力的な仕事である

2016年04月22日(金)16時45分

 おそらく他にも数多くのサイバー攻撃者たちが、各国政府やセキュリティ会社の中でアトリビュートされている。しかし、それを明らかにすることは、自分たちの能力をさらすことにもなるし、攻撃者たちに警告を与え、手法を変えさせることにもなってしまう。攻撃されていることに気づかないは最悪だが、気づいたとしてもすぐに対応してしまえば次のさらに高度な攻撃を招くことにもなりかねない。アトリビューションを公開するかどうかは戦略的な判断なのである。

 昨年、日本年金機構がサイバー攻撃に遭っていたことが明らかになった後、日本政府の内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)は詳細な報告書を発表した。それはNISCの調査能力の高低を示すことにもなる。実際、NISCの報告書には、「本文書には、NISCの対処能力を推知しうる情報が含まれるが、今般発生した事案の重大性に鑑み、可能な限り実態解明のための情報開示を行い、説明責任を果たす観点から取りまとめたものである」と書かれている。攻撃者に対する警告を発するとともに、潜在的な被害者に対する警鐘にもなる。

 その後のNHKの調査では、日本年金機構に対するサイバー攻撃時に約1000の組織が日本でサイバー攻撃にさらされていたという。NHKは抜き出されたデータの転送先として中国国内の二つの会社までたどっている。中国政府の関与を証明するには至らなかったが、こうした調査は、うまくいけば将来のサイバー攻撃の抑止にもなる。

ミスを犯せなくなったサイバー攻撃

 2015年9月の米中首脳会談の際、米国のバラク・オバマ大統領は、中国によると考えられるサイバー攻撃についてアトリビューションの証拠を山ほど積み上げて中国の習近平国家主席に迫った。習主席はその場では中国の関与を認めなかったものの、政府間対話の設置で両首脳は合意した。

 言質はとったものの、その後も中国から米国へのサイバー攻撃は減らなかったといわれている。しかし、実際に米中間の対話が開かれると、米国政府の人事局(OPM)に対するサイバー攻撃について、中国政府は中国人の悪玉ハッカーの関与を認めるに至った。中国政府がやったとは認めなかったものの、積み上げられたアトリビューションに関するフォレンジックの証拠は、中国人の関与を否定できないものにしたということになる。

 アトリビューションは簡単ではない。しかし、完全に不可能でもない。そして、リッドとブキャナンは、サイバー攻撃もまた簡単ではなくなったという。たった一つのミスが致命傷になり、分析者たちはアトリビューションを一気に進め、攻撃者たちの正体を暴くかもしれない。サイバー攻撃者たちはもはやミスを犯せなくなっている。そして、アトリビューションに投入できる資金と人員と技術がある国が、サイバーセキュリティにおいては最終的に有利になるかもしれない。

 逆にいえば、アトリビューションの能力がなければ、サイバー攻撃を抑止することができなくなるかもしれないということである。日本ではサイバーセキュリティの人材が足りないとずっと指摘されている。それはその通りだが、ひたすら守りを固めるための要員だけではなく、「守りの中の攻め」を担うアトリビューションの分析者たちも必要になっている。サイバーセキュリティは儲からないし、失敗すれば攻められるという割に合わない仕事だと考えられてきた。しかし、おそらくアトリビューションは、一部の人たちにとっては魅力的かつやりがいのある仕事だろう。これを志す人たちが多く登場することを期待したい。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story