コラム

ドイツの選挙が静かすぎる理由──投票支援ツール「ヴァールオーマット」とは何か?

2021年07月29日(木)11時45分

ヴァールオーマットの効果

2021年の連邦選挙におけるヴァールオーマットは、投票前の9月2日に公開され、異なる分野に38の政治的声明が表示される。これらのテーマは、選挙キャンペーンや政党・政治団体のプログラムの中で重要な役割を果たしている。これらには、教育、健康、社会、防衛、気候政策などが含まれ、有権者はその文章に対して「賛成」「反対」「どちらでもない」のいずれかを選択する。

自分にとって特に重要な問題であれば、政党の表明に重みをつけることができる。そして、ヴァールオーマットの結果は、自分の意見と政党当事者の立場の一致を示すパーセンテージ値となり、各政党のポジションを選択・比較することができる。例えば、連邦議会に参加している政党を比較して、どの政党が再選される可能性が高いかも調べることができる。それらをすべて選択して、自分に最も適した政党を見つけることもできる。ヴァールオーマットでは、連邦議会選挙に立候補している政党の簡単なプロフィールも紹介している。

ドイツの選挙制度は、小選挙区比例代表併用制で、満18歳以上のドイツ国民に選挙権があり、投票は、選挙区候補投票と政党名簿投票の二票制である。当選者の決定方法は、小選挙区は最多得票を得た候補が当選し、全体議席は政党名簿投票の結果によって決められる。少数政党乱立防止の観点から、政党名簿投票で有効得票総数の5%以上を獲得したか、小選挙区で3名以上の当選者を出したか、いずれかの要件を満たした政党にのみに議席が配分される。

日本でも選挙が近づくたびに、政党や候補者の主張と有権者とのマッチングを提供するボートマッチが大手新聞社などから提供されているが、日本での利用度とドイツのヴァールオーマットの利用度、認知度には歴然とした差がある。

認知と利用度

ヴァールオーマットは、2002年の連邦議会選挙のオンラインツールとして初めて登場した。その直後、ドイツの人気司会者ハラルト・シュミットのTV番組で、ヴァールオーマットが紹介され、これをどう使えば、どう役立つのかという見事なプレゼンテーションにより、ドイツ国民の意識のレベルが急上昇した。その後、SpiegelとSternというドイツの大手メディアに使用権が付与され、2002年9月21日の連邦選挙の日までに、最初のヴァールオーマットは360万人に利用された。

それ以来、2005年、2009年、2013年、2017年の連邦議会選挙、2004年、2009年、2014年、2019年の欧州議会選挙、および多数の州選挙で使用されてきた。合計で、このツールは50回以上の選挙で利用され、2009年には670万人以上、2013年には1,330万人のユーザーが利用し、ヴァールオーマットの暫定的な最高値に達した。これらの記録は、2017年の連邦選挙において、1,570万人の利用によって更新された。人口8,300万人のドイツで、政府がリリースしたアプリが、これほど国民に利用された例は他にない。

一方、ベルリンを拠点とするドイツのIT業界団体であるBitkomは、来たる連邦選挙の直前に、デジタル政策の課題にのみ焦点を当てたヴァールオーマット・レプリカを発表することを表明した。これはBitkomatと呼ばれ、「政治と行政」、「経済と仕事」、「日常生活とデジタルライフ」、「教育と参加」、「セキュリティとデータ保護」、「インフラストラクチャと主権」の分野から29のデジタル政策について、有権者の立場をたずねることになる。

ヴァールオーマットと同様に、政策に対して同意、反対、または中立の評価をすることができ、一巡した質問の後には、デジタル政策に関してどの政党に最も賛同するかを確認することができる。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story