コラム

ドイツの選挙が静かすぎる理由──投票支援ツール「ヴァールオーマット」とは何か?

2021年07月29日(木)11時45分

ドイツの選挙には不可欠な投票支援ツールがあった REUTRES

<ドイツの選挙では候補者が街頭で政策をマイクでアピールする風景もみることはない。どのように候補者を選んでいるのか?>

政党と候補者をどう選ぶのか?

ドイツ連邦議会選挙まであと2ヶ月弱となった。この選挙は、9月26日に投票が行われる予定で、ドイツ連邦共和国の立法府であるドイツ連邦議会の構成議員が選出される。同時に、現職のメルケル首相が、政界を引退する予定のため、次期ドイツの首相が決まる重要な選挙となる。

選挙戦はすでに始まっており、特に、首相候補のアルミン・ラシェットを擁するドイツ最大与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と、アナレーナ・ベアボックを擁する緑の党は、選挙で最強の政党になるために有権者の支持を得ようと接戦を繰り広げている。しかし、政権交代が行われるかどうか、誰が首相になるかは、他の政党、ドイツ社会民主党(SPD)、自由民主党(FDP)、左翼党、ドイツのための選択肢(AfD)などの結果にも左右される。

今回の連邦議会選挙の投票用紙に載っているのは、すでに連邦議会に議員がいる政党だけではない。CDU/CSU、SPD、左翼党、緑の党、FDP、AfDに加え、46の政党が連邦選挙委員会によって認められているのだ。

多数の政党と選挙プログラムを考慮すると、有権者の意思決定は容易ではない。そこで、連邦市民教育庁の提供するオンライン投票支援ツール「Wahl-O-Mat」(ヴァールオーマット)が有権者をサポートする。有権者は、国の無料サービスによって、連邦議会選挙で争点となっている関連する課題に対する各政党の立場を知ることができるのだ。

ドイツの選挙が静かな理由

この数年、何度かドイツの選挙を見てきたが、日本のような候補者を乗せ、爆音を鳴らす選挙カーが街を行き交うことも、候補者が街頭で政策をマイクでアピールする風景もみることはなかった。街には政党や地域の候補者のポスターが控えめに貼られ、大手新聞やテレビが選挙の特集を組む程度である。その中で、有権者はどのように候補者を選んでいるのか?日本に比べ、選挙が静かすぎることから、投票権を持たない日本人にとって、ドイツの選挙は小さな謎でもあった。

しかし、ドイツの選挙で今や不可欠となっているヴァールオーマットという投票支援ツールの存在を知ったことで、この謎は解けていった。ヴァールオーマットは、ドイツ連邦政治教育センターが開発したウェブ上の投票支援アプリである。つまり国が開発したボートマッチ(有権者が自分の考えに近い政党や候補者を知ることができる投票補助サービス)なのだ。

どの政党が自分の立場に最も近いかを試すことができるヴァールオーマットは、選挙の争点に関する38項目の質問にイエスかノー、あるいは中立という選択肢が用意され、順に答えていくと、各政党の主張と自分の意見の一致度が表示される。特に若いインターネット世代には親和性があり、若者たちの投票率を高めている効果もある。このようにして、投票者は、政党や候補者との共通点と相違点を確認した上で、自らの意思決定を行うことができる。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story