コラム

演出の派手さを競う北朝鮮問題

2017年04月29日(土)11時45分

アメリカは対話の前提を変える可能性はあるか?

米朝対話が唯一の解決策だとして、その対話の入り口をなんとか見つけるとなると、アメリカが対話の条件としている、北朝鮮が核・ミサイルを放棄するか、北朝鮮の核・ミサイル放棄なしでも対話をするとアメリカの方針が変更するかの二つしかない。前者に関してはその可能性は低いとすると、アメリカの方針変更が唯一の可能性となる。

アメリカが仮に北朝鮮が核・ミサイルを保有した状態で交渉に臨むということは、北朝鮮を事実上の核保有国と認め、交渉も核の全面的な放棄ではなく、一部の核を保有することを認めた上で、核兵器の使用と拡散、更なる開発を制限するといった措置を導入するという合意を目指すことになるであろう。

これはある意味でイランとの核交渉と共通した点がある。アメリカはブッシュ(子)政権ではイランがウラン濃縮の能力を持つことは核兵器開発の能力を維持することだと位置づけ、イランに一切のウラン濃縮の能力を持たせない、いわゆるZero Enrichment(ゼロ濃縮)戦略をとっていた。イランのウラン濃縮が発覚した2002年以降、英仏独のEU3ヶ国がイランとの交渉を担当し、最終的に一定の濃縮能力を保持した上で査察を受け入れ、それ以上の濃縮能力の向上を行わないという合意が2005年に結ばれたが、これに対してブッシュ(子)政権は合意に強く反対し、結局2005年の合意は破綻した。その後、2006年に反米政策を掲げたアフマディネジャドが大統領となったことでウラン濃縮能力の向上は加速し、2005年の段階では数百基しかなかった遠心分離機が2015年までには19,000基にまで拡大した。核合意の結果、ウラン濃縮に用いることが出来る遠心分離機は5,060基と定められたが、2005年の合意の段階(最終的に3,000基の遠心分離機の設置が認められていた)のままであれば、2015年の核合意よりも遙かに小さい濃縮能力の状態で固定することが出来たと考えられている。

こうした経験から、ゼロ濃縮といった極端な政策をとる限り、合意を成立させるのは困難であり、一定程度の能力を認めることで、それ以上の悪化を防ぐということがイラン核合意の教訓であると言える。しかし、これを北朝鮮の状況に当てはめることは難しい。なぜなら、イランの核合意はあくまでも核兵器を開発する段階で制限をかけ、核兵器が完成するまでの時間(Breakout Time)を長くすることで、もしイランが核兵器開発に進めばそれを阻止する時間的余裕があることが担保とされているのに対し、北朝鮮はすでに核実験を5回も実施した、事実上の核保有国だからである。

つまり、イランの場合は核兵器をまだ持っていない状態であったため、一定の濃縮能力を認めたとしても核兵器開発を止めることが出来れば、核による脅威を排除できると同時に、核不拡散条約(NPT)に基づく国際秩序を維持することが出来る。しかし、北朝鮮はすでに核を持っており、それを一部でも保有することを認めることは、北朝鮮を核保有国として認知することを意味し、それは韓国や日本の核武装を否定する正統性を失い、NPTに基づく国際秩序が崩壊することを意味する。アメリカが拡大抑止(核の傘)にコミットすることを確約し、仮に北朝鮮が核によって脅しをかけてきたとしても、アメリカが韓国や日本を防衛することで日韓の核武装を避けることはできるかもしれない。しかし、これまでの国際秩序の根底にあるNPT体制が崩壊することをアメリカだけでなく、他の核保有国、非核保有国も望むわけではない。

となると、やはりアメリカが北朝鮮の核保有を認めたまま米朝対話を進めることは不可能とは言い切れないが、かなりハードルが高い。仮に北朝鮮の核保有を認めた上で米朝直接対話が実現するとすれば、ポストNPT体制の青写真が出来た後の話であろうが、そこまでの道のりはかなり遠いと思われる。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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