最新記事
ウィキリークス

ジュリアン・アサンジとウィキリークス...機密情報漏洩から自由への道程

A Good Deal for Assange?

2024年7月2日(火)15時40分
ホリー・カレン(西オーストラリア大学兼任教授)
オーストラリアの空港に降り立ったアサンジ(6月26日) LUKAS COCHーAAP IMAGEーREUTERS

オーストラリアの空港に降り立ったアサンジ(6月26日) LUKAS COCHーAAP IMAGEーREUTERS

<アメリカの国家機密を暴露して訴追されたジュリアン・アサンジ「解放」の政治的判断>

かつてアメリカ政府を敵に回し、スウェーデン女性への性的暴行容疑で逮捕された後もロンドンのエクアドル大使館に逃げ込むなどして徹底抗戦を続けてきたジュリアン・アサンジが6月26日、ついに司法取引に応じ、14年ぶりに晴れて自由の身となって母国オーストラリアに帰還した。

アサンジは秘密情報の暴露に特化した情報サイト「ウィキリークス」の創設者。当時米軍の下士官だったチェルシー・マニングの持ち出した米政府の機密文書多数を2010年11月に同サイトで公開し、アメリカの国家安全保障を脅かしたとしてスパイ活動法違反などに問われていた。


19年以降はロンドンの刑務所に収監されていたが、去る6月26日に米自治領サイパン島の連邦裁判所に出廷して有罪を認め、62カ月の禁錮刑を宣告されたが、既にロンドンの刑務所で刑期を務め上げているため、直ちに釈放された。ちなみにサイパンは、アメリカの領土としてはオーストラリアに最も近い位置にある。

司法取引の内容は、今年に入ってから噂されていたものとおおむね一致していたようだ。ただし予想と異なり、アサンジは文書の不正な扱いに関する軽犯罪ではなく、あえてスパイ活動法違反での有罪を認めた。その代わり(身柄拘束の恐れがある)米国本土ではなく、遠く離れたサイパン島の裁判所を指定し、自ら出頭する道を選んだ。結果として彼は釈放されたが、今後もアメリカ本土に足を踏み入れるのは難しいだろう。

英政権交代前の幕引き

今回の司法取引は、世界のジャーナリストにとって悪しき前例となりかねない。第三者から何らかの情報を受け取り、それを公開しただけの人物が、アメリカの国家安全保障を脅かした罪で有罪になり得るという「判例」を作ってしまったからだ。

アメリカ政府はなぜ、このタイミングで司法取引による決着を選んだのか。その真意は不明だが、いくつかの理由が考えられる。

まずはオーストラリア政府がこの数年、アサンジ問題の幕引きを強く求めていたという事情がある。アメリカの議会にも、この問題を長引かせるのは得策でないという声が多かった。野党・共和党の議員の間でも、訴追の継続は公共の利益にならないという見方が増えていた。

またイギリスでは7月4日の総選挙で政権交代が確実視されており、そうなればアサンジの処遇についても無用な議論が蒸し返される可能性があった。そうした先行きの不透明さを踏まえ、アメリカ政府はこの時期の決着を急いだものと思われる。

さて、この先はどうなるのか。アサンジの弁護団によれば、彼は今後も「言論の自由と政府の透明性確保のため」に戦い続けるつもりだ。しかし自由と引き換えに有罪を認めたことの代償は大きい。一部の国は重罪犯である彼にビザを発給しないだろう。

イギリスでも、彼は過去に保釈条件違反で禁錮1年の実刑判決を受けているから、再入国は容易でないと思われる。ただしアメリカでは、11月の大統領選の結果次第でアサンジに恩赦が与えられる可能性もある。アメリカでは恩赦に関して大統領の裁量権が他国に比べて大きいからだ。

ともあれ、今のアサンジはハッピーだ。祖国に戻って家族と再会を果たし、7月3日には53歳の誕生日を迎えることができた。サイパンの法廷で彼に即時釈放を告げた判事は言ったものだ。「これは少し早めの誕生日祝いです」と。

The Conversation

Holly Cullen, Adjunct Professor in Law, The University of Western Australia

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


20250408issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月8日号(4月1日発売)は「引きこもるアメリカ」特集。トランプ外交で見捨てられた欧州。プーチンの全面攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アクティビスト、世界で動きが活発化 第1四半期は米

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中