日本人の道徳的価値観と分断の萌芽
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<大規模世論調査「スマートニュース・メディア価値観全国調査」が明らかにした日本の「分断」。連載第4弾では、日本人の道徳的な傾向は分断に結びついているのか、東京工業大学環境・社会理工学院准教授・笹原和俊氏が解説する>
米国における分断を体感したのは、フェイクニュースが吹き荒れる中、トランプ大統領が誕生した2016年だった。その年、米国で研究をしていた私が目にしたのは、異なる政治的意見を持つ人々が敵意をむき出しにして対立する様だった。
社会心理学者のジョナサン・ハイトは「道徳的価値観」という観点から、このような分断に対する1つの説明を与えた。日本でも分断が深刻化していると報じられているが、その背景に米国と同様の理由があるのか、あるいは日本特有の道徳的価値観が異なる複雑性を生んでいるのかはまだ明らかになってはいない。そこで本稿では、「スマートニュース・メディア価値観全国調査(SmartNews Media, Politics, and Public Opinion Survey)」(以下、SMPP調査)から見えてきた特徴について紹介する(本分析は東京大学の松尾朗子氏と共同で行なっている)。
なぜ社会は右と左にわかれるのか
ハイトが提唱する道徳基盤理論は、分断を理解するための有効な枠組みを提供する。この理論は、人々の道徳的判断は、擁護(Harm)、公正(Fairness)、忠誠(Ingroup)、権威(Authority)、神聖(Purity)という5つの道徳基盤に根ざしているとする。「道徳基盤尺度(MFQ)」を用いた調査(Graham et al. 2009)によると、リベラル派は擁護(他者への配慮)と公平(平等と正義)を強調するのに対し、保守派は忠誠(内集団への帰属)、権威(社会的階層の尊重)、神聖(純粋さへの尊敬)も重視する傾向があることがわかった(図1左)。これは、道徳的価値観の違いが、政策や社会的問題に対する見解の相違を引き起こし、分断を生み出す可能性を示唆している。
SMPP調査では、日本語のMFQ短縮版に基づいて回答を集め、イデオロギー軸との関連性を分析した(図1右)(SMPP調査におけるイデオロギーの分析については、本シリーズのスマートニュース メディア研究所長 山脇岳志氏と早稲田大学社会科学総合学術院教授 遠藤晶久氏の記事も参照) 。その結果、日本においてもリベラル派は擁護と公平を、保守派はその他の基盤も重視するという傾向が認められたが、米国と比較してその差は顕著ではなかった。特に、擁護と公平はイデオロギーに依存せず横ばいで、神聖は、忠誠や権威とは異なる傾向であることがわかる。
図1 米国と日本における道徳基盤尺度の回答と政治的イデオロギーの関係(米国は30、日本は20問の短縮版を使った結果)
日本人の個人志向と連帯志向
上記5つの道徳基盤は、欧米人を対象とした調査結果を因子分析(観測された複数の変数の背後にある潜在的な関係を特定するための統計的手法) して特定されたものである。ただし、異なる国や文化、政治や宗教の文脈で、これらが基盤として機能するのかは明らかではない。実際、日本語版MFQを検証した先行研究(村山・三浦2019)では、5つの基盤の妥当性が低いことや、特定基盤の測定の信頼性に問題があることが指摘されている。
そこで、先行研究に倣って日本語のMFQ短縮版の回答を分析した(表1)。表内の数値は因子負荷量、つまり、因子1及び2との関連の強さを示している。擁護と公平で1つのまとまりを、忠誠と権威がもう1つのまとまりを形成していることがわかる。先行研究と同様に、前者は「個人志向」、後者は「連帯志向」として解釈することができる。個人志向とは、個人の権利や福祉に重きを置く価値観のことで、連帯志向とは集団の福祉と結束を重視する価値観のことである。この結果は、日本人の道徳的価値観をこれら2つの変数で捉えることの妥当性を示した村山・三浦(2019)の結果と合致する。
表1 道徳基盤尺度日本語版を用いたアンケート回答の因子分析(注:質問には道徳的な関連度と判断に関する2種類の質問があり、因子分析は質問の種類ごとに実行)
さらに、個人志向と連帯志向の観点から、原発再稼働、同性婚、移民受入という3つの社会問題との関連性を検証した(表2)。個人志向派は原発再稼働に反対傾向にあるのに対し、連帯志向派はそれを支持する傾向にある。また、連帯志向派は同性婚や移民受入に反対傾向にある一方で、個人志向派はこれらを支持する傾向がある。このように、社会問題に対する態度が個人志向と連帯志向で逆になる、「分断の萌芽」と解釈できるような様子がみられた。
表2 道徳的価値観と社会問題に対する態度(注:政治的イデオロギーの影響を調整した回帰分析で、回帰係数が正で有意な場合は◯、負で有意な場合は×)