最新記事
台湾

敗者なき結果は民衆の「迷い」か「知恵」か、頼清徳(ライ・チントー)政権誕生の台湾新時代を読み解く

ROAD TO A NEW TAIWAN

2024年1月19日(金)17時17分
野嶋 剛(ジャーナリスト、大東文化大学教授)

240123p18_INT_03.jpg

追い上げるも及ばなかった国民党候補の侯友宜 ANN WANGーREUTERS

中国は主要な争点にならず

今後、頼の船出はかなり厳しいものになるだろう。それは同日に行われた立法委員(国会議員)選挙の結果からも明らかだ。

民進党は現有議席の62を大幅に減らして50議席程度にとどまりそうだ。

国民党は現有議席の38を大きく増やして50議席を超え、国会第1党の地位をつかむかもしれない。ただ定数113議席の過半数となる57議席には達しない。

第3勢力の民衆党は現有議席の5から数議席伸ばす。民進党は、蔡総統時代の「完全執政」、つまり総統と立法院の両方を握ることを断念することになる。

立法委員選での民進党の大きな後退は、総統選での苦戦と深くつながっている。

「台湾は台湾」という世論が主流になる台湾社会において、台湾の主体性を掲げて中国と距離を置こうとする台湾ナショナリズムを掲げる民進党は、基本的に選挙において有利なポジションにある。

20年の総統選でも、19年の香港のデモの鎮圧が影響を及ぼし、香港の苦境から「台湾の将来」を不安視する人々の思いが追い風になった。

だが、今回の選挙で議論が集中した争点は「中国問題」や「台湾の在り方」ではなかった。

民進党議員の不祥事、女性スキャンダル、脱原発政策をめぐる混乱。22年11月に民進党が惨敗した統一地方選挙同様、「与党のおごり」を野党両党から猛烈に攻撃されてしまったのだ。

選挙戦では頼が精彩を欠く場面を何度も目撃した。

昨年12月下旬の台北市。ある立法委員の応援に駆け付けた頼だったが、演説途中から帰り始める人々が目立った。

演説も盛り上がりに欠け、「無聊(面白くない)」という聴衆のぼやきも聞こえてきた。

頼はもともと血気盛んな青年将校のようなキャラクターで、「実務的な台湾独立主義者」と自称していたが、独立派と認定されることを恐れ、選挙ではそうした主張は完全に封印。

穏健な「蔡英文路線」の踏襲に徹して、安全運転に務めた。理解はできるが、似合わない服を着せられたような窮屈さは否めなかった。

野党の勢いに押され、支持率が伸び悩むことでさらに失言回避の姿勢が強まった。

炭鉱労働者の父親を早くに亡くした貧しい家庭出身である庶民性がある意味で「売り」だったのに、新北市の炭鉱地域にある実家が特権を利用して改築されたのではないかとの疑惑も突き付けられ、釈明に追われた。

選挙戦終盤は、党の支持率以上に人気がある蔡が、見かねて前面に出て選挙運動に入り、辛うじてリードを保って逃げ切った。当選後、頼がかつての「覇気」を取り戻せるかどうか要注目である。

とはいえ民進党は総統のポストを維持できた。台湾に直接投票の総統選挙が導入されて以来、2期を超えて政権担当が続くことは初めてのことだ。

繰り返すが、民進党は敗北したわけではない。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中