最新記事
ウクライナ戦争

バイデン政権は「ウクライナにのめり込みすぎ」の声が、アメリカで強まる...「イラク戦争」の重要な教訓

LESSONS FROM IRAQ

2023年7月27日(木)19時08分
パトリック・ジェームズ(南カリフォルニア大学ドーンサイフ校教授〔国際関係学〕)
イラク北部の主要都市モスルの米兵

イラク北部の主要都市モスルで米兵を見つめる少女(2003年7月23日) SCOTT NELSON/GETTY IMAGES

<アメリカがウクライナ支援を続けるため、8年に及んだイラク戦争の泥沼から学ぶべき3つのポイント。本誌「CIA秘密作戦 水面下のウクライナ戦争」特集より>>

米国防総省から2023年2月に流出した文書は、アメリカがロシアの情報収集活動をかなり詳しく知っていること、そしてウクライナに対してもスパイ活動をしていることを示していた。アメリカはロシアに直接的な宣戦布告こそしていないが、ロシアと戦うウクライナに資金や武器だけでなく、軍事情報まで提供し続けていたことも見て取れる。

この戦争に、まだ終わりは見えない。そして、アメリカの関与にも終わりは見えない。この流れを見て、国際政治学者である筆者は、特にイラク戦争(03~11年)を思い起こしている。

もちろん、イラク戦争とウクライナ戦争には大きな違いがある。例えば、イラクでは数千人の米兵が命を落としたが、ウクライナに米軍は派遣されていない。それでも、イラク戦争とその余波を改めて見直すことは、米本土から遠く離れた土地での激しい戦いに巻き込まれることのリスクを再認識させてくれるはずだ。重要なポイントは3つある。

①軍事介入が成功するとは限らない

03年にジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)がイラク侵攻を発表したとき、アメリカにはまだ、01年9月11日の米同時多発テロの影が強く残っていた。首謀者であるウサマ・ビンラディンはサウジアラビア出身のイスラム原理主義者で、アメリカの情報機関の懸命の捜索にもかかわらず、まだ逃亡中だった。

ビンラディンがまんまと逃げおおせている事実は、怒りの矛先をどこかに向けたい米政府の焦燥感を募らせた。イラクは9.11と明確なつながりはなかったが、独裁者サダム・フセインは、長年アメリカと同盟国を愚弄してきた。またIAEA(国際原子力機関)の査察を回避し続け、大量破壊兵器を保有しているかのような印象を生み出した。

ブッシュは、フセインが大量破壊兵器を使ってアメリカを攻撃するのではないかと、強い懸念を抱いていたとされる。そんなことになれば、9.11テロをはるかに超える被害が出るだろう──。こうしてアメリカを中心に、イギリスやオーストラリアなどを加えた「有志連合」が組織され、イラク侵攻が始まった。たちまち首都バグダッドは陥落し、フセイン政権は崩壊した。

ブッシュの支持率は、イラク侵攻直後は上昇したものの、「対テロ戦争」が長引くにつれ降下していった。アメリカはイラクの政治や社会をろくに理解していないのに、占領して「国家再建」を図ろうとして、イラク全体に大きな混乱を招いた。

とりわけ、03年5月のイラク軍を解体するという決定は反政府武装勢力の台頭を招く致命的なミスだった。宗派間・民族間の対立も激化し、イラクは内戦状態に陥った。ひとまず07年に終結したものの、今もイラクは政治的に不安定で、アメリカが目指した民主主義国には程遠い状況だ。

②明確な目標を定義する必要がある

フセインは24年にわたる独裁体制で自らは豪勢な生活を楽しむ一方、市民や政敵を厳しく弾圧した。03年に米軍に捕らえられた後、イラク国内で裁判にかけられ、処刑された。

広がるウクライナ支援懐疑論

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領も、長年にわたり自国民を力で黙らせ、世界でも指折りの汚職まみれの政権を率いてきた。だが、プーチンはフセインよりもずっと危険だ。なにしろロシアには本物の核兵器が大量にある。

そんなロシアから自国を守るために、多くの人命を犠牲にしながら戦い続けるウクライナをアメリカが支持するのは理解できる。ロシアは中国と連携を深めて、拡張主義的な政策を取っているから、アメリカの国家安全保障の点から考えても、ウクライナ支援は理にかなっている。ただ、その関与を、アメリカの国益の範囲内にとどめることも重要だろう。

③アメリカが分断される恐れがある

イラク戦争は、アメリカ国内で外交政策をめぐり激しい党派対立を引き起こした。最近の世論調査では、イラク戦争によってアメリカが安全になったと考えるアメリカ人はほとんどいなかった。

そして今、アメリカの人々はウクライナ戦争への関与に疑問を抱きつつある。23年6月に発表されたピュー・リサーチ・センターの世論調査によると、アメリカのウクライナ支援は行きすぎだと考える人が28%と、ここ数カ月でじりじりと増えていることが分かった(1月は26%、22年9月は20%だった)。ただ、ウクライナの防衛を支援すること自体は75%が支持している。

平均的なアメリカ人は、イラクやウクライナについてほとんど知識がない。外国の戦争を支援するコストがどんどん高くなり、それでもアメリカが報復を受ける可能性がなくならないなら、人々の支持が低下するのは無理もない。

ウクライナ支援は、連邦政府の債務上限引き上げ論争にも大きく絡んでくるだろう。

だが、ウクライナがロシアの攻撃に耐え、独立を維持できるだけの支援をしなければ、ロシアや中国、イランといった国々は、傍若無人な活動にアメリカのゴーサインが出たと受け止める恐れがある。

アメリカの指導者たちは、イラク戦争の教訓を踏まえて、ウクライナに提供する支援の種類や量を決定するとともに、アメリカの国家安全保障上の目標を国民に明確に説明するべきだ。

ロシアの侵略に対して戦うウクライナは支援に値するという声は多いが、実際の政策立案では過去の経験を無視するべきではない。イラク戦争の経験はそれを物語っている。

The Conversation

Patrick James, Dornsife Dean's Professor of International Relations, USC Dornsife College of Letters, Arts and Sciences

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 独占取材カンボジア国際詐欺
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月29日号(4月22日発売)は「独占取材 カンボジア国際詐欺」特集。タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中