ロシアが戦争に勝てていない理由は、プーチンの「矛盾」にある 小泉悠×河東哲夫
THE END OF AN ENDLESS WAR
スパイ出身のプーチンがトップであることがロシアという国とウクライナ戦争のありように影響している Sputnik/Mikhail Klimentyev/Kremlin via REUTERS
<ロシアの士気は本物なのか、ロシアの国内世論をかき立て得る「仕掛け」とは何か、リビウ・ランディングシナリオとは......。日本有数のロシア通である2人がウクライナ戦争について議論した>
※本誌2023年4月4日号および4月11日号に掲載の「小泉悠×河東哲夫 ウクライナ戦争 超分析」特集、計20ページに及ぶ対談記事より抜粋。対談は3月11日に東京で行われた。聞き手は本誌編集長の長岡義博。
※対談記事の抜粋第5回:プーチンの恥部を知っている男、ガバナンスが失われつつあるロシア 河東哲夫×小泉悠 より続く。
【動画で見る】ウクライナ戦争の「天王山」と知られざる爆破陰謀論(小泉悠×河東哲夫 対談)
――ロシアの戦意・士気について。現在の銃後の雰囲気をどう捉えていますか。ヒトラーを倒した大祖国戦争的な空気には到底なっていないように見えるのですが。
■河東 (ロシア大統領ウラジーミル・)プーチンの支持率は表向き今でも70%以上あるんですが、実感はどうか。
戦争だ戦争だと言って大変なことになっているとわれわれは思いがちなんだけれども、日本の戦前を思い出すと......って、僕まだ生まれてなかったけれども(笑)、勉強してみると日華事変が起きた頃は、国民にとって戦争は遠いところで行われていたと思うんです。その前の満州事変はもっと遠いところにあった。自分たちに響くものじゃなかった。生活面からも経済面からも。
ロシアは今そういう感じではないかと思います。遠いシベリアの、少数民族の自治体のほうからたくさん兵隊に取られていて、モスクワやサンクトペテルブルクの大都市から徴兵されている兵士は少ない。
物もほとんどなくなってない。西側のものは並行輸入で勝手に仕入れてきちゃうんだけれども、それで店には並んでいる。だからまだ生活にはそんなに響いてない。ただ、じわじわとは響いていますけどね。
■小泉 プーチン自身がこの戦争を戦争と呼ぶことをかたくなに拒否していて、特別軍事作戦ですと。法的にも戦時体制を発令していないわけです。本当に国家存亡の日になったときに発動する戦時令という法体系があるんですけど、これも出してない。
動員はするけど、限られた数の人間だけを動員する部分動員であると。総動員という規定もあって、こちらは人間をたくさん動員するだけではなくて、社会や経済を全部戦時モードに切り替える......みたいな措置もあるのですが、それはやってない。
おそらくそれはプーチンが、ある程度民意に支えられた独裁者であるからなんだと思うんです。来年の大統領選はやる気らしいので、ここで国民に決定的に不人気な政策は取りにくい。戦時下なんだと思わせないようにやっている部分も結構大きいんじゃないかと思っているんです。
ここにおそらくプーチンの矛盾があって、この戦争ってやらなきゃロシアが滅びるような、差し迫った戦争ではない。だから全てを戦争に動員するような覚悟がプーチン自身にもないし、国民にもない。そうであるが故に、戦争指導のやり方が非常に中途半端なものになってしまって、全てを懸けて抵抗してくるウクライナになかなか勝てない。そういう構図がずっと続いている。