気球が運んできた中国の挑戦状──問われる「国際法の限界」
Not Just Hot Air
大西洋上空で米軍が撃墜した中国の気球を回収する爆発物処理班(2月5日) U.S. FLEET FORCESーU.S. NAVY PHOTOーREUTERS
<アメリカの領空を悠然と飛行、空から降ってきた国際法の限界と軍事的脅威>
2月初めにアメリカの上空に突如現れた気球は、偵察任務を遂行していたのか。それとも中国が主張するように研究目的だったのだろうか。
答えはすぐには出そうにないが、1つ明らかなことがある。中国の気球がアメリカの上空に侵入したことで、国際法の限界が問われているのだ。
熱気球の軍事目的の歴史は古く、ヨーロッパでは18世紀後半から19世紀前半に偵察や爆撃に使われた。初期の戦時国際法には、武力紛争時の気球の軍事利用を想定した具体的な措置も盛り込まれていた。
しかし、現代では気球の軍事的意義が過小評価されているようだ。気球は航空機より高い高度を飛行し、機密性の高い場所の上空で静止できて、レーダーで探知されにくく、民間の気象観測用飛行物としてカモフラージュできるなど、独自の偵察能力を持つ。
気球を他国の領空で使用することに関しては、国際法に明確な規定がある。
全ての国は領土の基線(通常は海岸の低潮線)から12海里(約22キロ)までの海域に対し、完全な主権と支配権を有している。そして、国際条約に基づき、全ての国は領土の上空に対する完全かつ排他的な主権を有する。つまり、自国の領空への全てのアクセスを管理するということだ。
ただし、領空の上限は国際法上、確定していない。一般に、民間機や軍用機が飛行できる高度の上限である4万5000フィート(約13.7キロ)までとされている。ちなみに超音速旅客機コンコルドは高度6万フィート(約18キロ)以上を飛んだ。今回の中国の気球は高度6万フィートを飛行していたとされている。人工衛星の運用高度には国際法は適用されず、伝統的に宇宙法の領域と見なされている。
軍事施設上空でとどまる
1944年に締結された国際民間航空条約など、他国の領空に侵入する許可を求める国際的な法的枠組みはある。国際民間航空機関(ICAO)は熱気球を含む空域のアクセスに関する規則を定めているが、軍事活動を規制するものではない。
一方で、各国が領空とは別に防空上の空域を設定しているADIZ(防空識別圏)があり、アメリカはADIZに侵入する全ての航空機に身元確認を義務付けている。冷戦の緊張が高まっていた頃、特に北極圏でソ連機がアメリカのADIZに無許可で侵入すると、アメリカは頻繁に戦闘機をスクランブル発進させた。
これらの国際ルールを考えれば、アメリカが今回、中国の気球を撃墜したことには強固な法的根拠があったと言えるだろう。アメリカの許可がなければその上空を飛行することはできず、気球は明らかに許可を求めていなかった。
中国は当初、気球が故障して漂ったとして不可抗力を主張した。しかし、サイエンティフィック・アメリカン誌によると、気球は高度な操縦性を備えており、特にモンタナ州にあるアメリカの機密性の高い軍事施設の上空でとどまっているように見えた。
今回の件では、中国の軍事的な攻撃姿勢の高まりに対するアメリカの対応が問われている。しかも、アメリカの主権が及ぶ境界線からかなり内側で、中国が物理的な存在感を示したのだ。米中の緊張がさらに高まり、海だけでなく空でも互いに挑発行為が続くのだろうか。
Donald Rothwell, Professor of International Law, Australian National University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.