ロシアの「最悪の武器商人」が釈放、人質交換は「危険すぎる悪手」
A Bad Deal
ボウトの身柄はアメリカに引き渡され、12年に米連邦裁判所は、FARCに携帯式防空ミサイルなど数百万ドル相当の武器を売る取引に関与したとして、禁錮25年を言い渡した。それらの武器がコロンビアでアメリカ人への攻撃に使われることを、ボウトは明らかに認識していた。彼はバンコクで会ったDEAの工作員に、自分とFARCの「敵は同じだ」、自分は「この10年か15年、アメリカと戦っている」と語っていた。
ボウトを釈放したことは、彼を逮捕するために命懸けで働いた法執行機関の関係者や工作員に対する侮辱というだけではない。アメリカと同盟国の安全保障に重大な脅威を与えることになるのだ。
ならず者国家を刺激する
ロシアの専門家がよく言うように、「元」ロシア情報部員など存在しない。実際、ボウトはGRUを正式に辞めた後も元雇い主の後ろ盾を得て、時には任務を請け負うことすらあった。
だからこそロシア政府は、何としてもボウトを取り戻そうとしてきた。敵に捕らえられた情報将校を意地でも奪還することは、ソビエト連邦とロシアの伝統だ。
ボウトが逮捕された後、ロシア政府はモスクワに駐在するタイ大使を呼び出して抗議した。さらに、アメリカへの身柄の引き渡しを阻止しようと、カネと影響力を使って画策した。18年にウィーランを拘束した後は、ロシア側からボウトとの身柄の交換を繰り返し打診してきた。
ロシアの情報機関のことだから、ボウトがアメリカに寝返ったかもしれないと疑いつつ、あっさりと現場に復帰させるだろう。彼ならアフリカやベネズエラなどの紛争地域で、悪名高い民間軍事会社ワーグナー・グループのように、ロシアの代理戦争を請け負う勢力に秘密裏に武器を流すことができる。ロシアの衛星国や、NATO諸国やその勢力圏でうごめく破壊活動家に武器を供給することも、うってつけの仕事だ。
ボウトの釈放は、ロシアや他のならず者政権がアメリカ人を人質にする手法を助長するだろう。アメリカには、同盟国が身柄を引き渡したロシアのサイバー犯罪者がいる。彼らの多くはロシア情報機関の仕事もしている。米司法省がボウトの人質交換に当初は反対していたと言われているのも、無理はない。
法執行機関で働いていた私は、グライナーやウィーランがどんなことに耐えてきたのかを知っている。彼らや彼らの家族には心から同情するし、彼らを帰国させたいという政府関係者の思いも分かる。しかし、ボウトをロシアの手に渡す前に、この交換がアメリカの国益にもたらす脅威について考えるべきだった。