現金3400万円残し孤独死した右手に指のない女 40年住んだ町で住民登録がない謎すぎるその正体は...
遺品のアルバムにあった「田中千津子」さんと思われる女性の写真(出所=『ある行旅死亡人の物語』)
住所や名前の分からない死者は「行旅死亡人」と呼ばれる。兵庫県尼崎市のアパートで2020年4月、孤独死した女性は室内の金庫に現金3400万円を遺していた。この女性は一体、誰なのか。取材した共同通信記者、武田惇志さんと伊藤亜衣さんの共著『ある行旅死亡人の物語』(毎日新聞出版)より、一部を紹介する――。
現金3482万円を遺した謎多き女性
「本籍(国籍)・住所・氏名不明、年齢75歳ぐらい、女性、身長約133cm、中肉、右手指全て欠損、現金34,821,350円」
行旅死亡人の引き取り手を呼びかける、官報の公告記事が発端だった。相続財産管理人の太田弁護士によると、「田中千津子」さんとみられるこの女性は謎が多く、「弁護士を22年やってるが、かなり面白い事件」らしい。
2021年6月4日の昼すぎ、私は尼崎市にある太田弁護士の事務所を訪れた。奥の部屋に通してもらうと、すでに準備をしてくれていたようで、遺品や資料類が机に積まれていた。
関係書類がぎっしりと詰まっていたフラットファイルを机に広げ、メモを取るためのノートパソコンを起動させる。全部目を通して必要なところをメモするとして、数時間はかかるだろう。裁判所で訴訟資料を書き写すことには慣れていたが、今回は文字資料以外の遺品もあり、手間取りそうだった。
金庫にあった宝石類はなぜか所在不明に
どこから手をつけようかとファイルをパラパラとめくっていると、「遺産目録」の項目が目に飛び込んできた。目録には以下の4点が挙げられていた。
・通帳2冊:ゆうちょ銀行・三井住友銀行 名義はいずれも「田中千津子」
・キャッシュカード1枚 三井住友銀行 「タナカチズコ」名義
・年金手帳1冊 「田中千津子」名
・遺留金 34600520円
遺留金は、うち20万6000円を葬祭費に、1万4830円を官報広告掲載料へ充当し、さらに4230円を相続財産管理人選任に伴う官報広告費に充当したとある。行旅死亡人が財産を残している場合、このように諸手続きの費用に充てられるのだという。
なお、金庫にあった現金は新札ではなく、古い札を輪ゴムで留めたり、ビニール袋や封筒で小分けにしたりして保管されていた。さらに、金庫にはネックレスなど宝石類も数点あったことが判明しているが、なぜか後に所在不明となっている。
玄関先で絶命、死因に事件性はなし
尼崎市が神戸家庭裁判所に対し記した資料によると、遺体発見時の状況は次のようだった。
「令和2年4月26日午前9時4分に錦江荘2階の玄関先において左横臥に倒れ絶命している状態を発見された。死体検案の結果、令和2年4月上旬頃に死亡したことが判明した。死体の所持品から死体は『田中千津子』の可能性が高いため、尼崎東警察署により身元調査が行われたが、身元判明には至らず行旅死亡人として尼崎市へ引き継がれた」
5月8日付の「死体検案書」には、死亡の原因は「くも膜下出血」、死因の種類は「病死及び自然死」と記されていた。医師の所見によれば、死因に不可解なところはないというわけだ。
くも膜下出血というと、長時間労働による過労死などでもよく聞く症状で、いわば突然死に近い。女性はあるとき不意に、進行していたくも膜下出血により昏倒し、そのまま玄関先で絶命したのだろう。本人が死期を予期できたかどうかはわからない。