安倍銃撃犯「山上容疑者」の動機をプロファイリングする
The Joker From Silent Hill
公への憤りによるテロ
山上は映画『ジョーカー』(19年)に繰り返し言及する。ゴッサム・シティの道化師アーサーが不遇と挫折、親との葛藤の中で悪に走り、貧困層による暴動が巻き起こる寓話を抒情的に描いた名作だ。
しかしアーサーを「インセル」(INCEL、非自発的禁欲、「非モテ」とも言う)の象徴とする通説的理解に対して山上は、「『インセルか否か』を過剰に重視する姿勢は正にアーサーを狂気に追いやった社会のエゴそのもの」「ジョーカーという真摯な絶望を汚す奴は許さない」(同年10月20日)とツイッターに書き込む。
「非モテ」概念に拘泥することなく、ジョーカーが抱えた絶望に「真摯性」すなわち一種の「倫理性」を見いだすのは、アーサーをジョーカーに転化させた社会のエゴ(腐敗)と責任を見逃さず、その点に自己を投影しているからだろう。
テロの定義はさまざまだが、広義には「社会的大義」を掲げて「恐怖」に訴える暴力行為をいう。今回の暗殺事件には政治的な主義主張がないとして私的復讐心に基づく刑事事件と見なす理解もあるが、映画『ジョーカー』の山上的受容を踏まえるなら、公に対する憤りをも原動力としたテロだと言わざるを得ない。
ツイッターでは努めて冷静な分析を書いていた山上は21年4月24日、唐突に「最近の不運と不調の原因が分かった気がする。当然のように信頼していた者の重大な裏切り。この1ヶ月、それに気付かず断崖に向けてひた走っていた。そういう事か」「こういう裏切りは初めてではない。25年前、今に至る人生を歪ませた決定的な裏切りに学ぶなら、これは序の口だろう。オレも人を裏切らなかったとは言わない。だが全ての原因は25年前だと言わせてもらう。なぁ、統一教会よ」と記す。
山上の母親が旧統一教会に入信したのは1991年、家族に発覚したのは94年であり、25年前すなわち96年の「決定的な裏切り」とは何か。母親が脱会するとしたにもかかわらず信仰を継続していたことかもしれない。では、2021年4月の「重大な裏切り」は何を意味しているのか。
山上のツイッターは何も語らぬままこの後、急速にニヒリズムを強め冷静さを欠いていく。武器密造を始めたのも21年春頃からと報じられている。
山上はあおり運転で夫婦が死亡した17年の東名高速の事件について、サービスエリアで被害者から罵声を浴びていた被告人に「正当な報復権」があるとし、「死刑は請求すらされず堂々と裁判で減刑を望む。つまり世の中はやった者勝ち」(21年5月23日)と言い放つ。