中国ロケット長征5号Bの残骸、フィリピン当局が回収 両国の火種になる可能性も
フィリピン宇宙局(PhilSA)によると「長征5号B」の一部とみられる部品は7月31日午前0時55分ごろパラワン島近くのスールー海域に落下したとみられるとしていた。
PhilSAは上空から落下物が落ちてくる可能性があるとしてフィリピンの海域を航行する船舶や漁船に注意を喚起していた。
米国との宇宙開発競争に本格参戦
中国の習近平国家主席は近年宇宙開発に本格的に乗り出し、国策として強化することで米国との宇宙競争を展開しようとしている。
中国は2013年には月面軟着陸に成功した世界で3番目の国となり、今世紀の半ばには月と自由に飛行できる宇宙経済圏構想を抱いており、宇宙開発で米国をリードすることが重要国策の一つとなっているという。
2019年に中国航天科技集団は今世紀中頃までに地球・月空間経済エリアを建設する方針を明らかにしている。
そして2040年までには「信頼性が高く、低コストで定期飛行化、宇宙輸送システムを完成する」との目標を掲げて宇宙開発を積極的に進めている。
しかしその一方で、今回の部品落下のようなトラブルを未然に防ぐ方策を積極的に進めたり、落下に伴う危険性に関する情報共有をすることには極めて消極的といわれ、責任感の欠如が指摘されている。
2020年5月には打ち上げた「長征5号B」の破片がアフリカ西部コートジボワールに落下し建造物を損傷したことがある。
身勝手な論理、屁理屈はお手のもの
今回の宇宙からの落下物についても「燃え尽きるだろう」といった中国政府の身勝手な論理や理屈は、他の政策にも反映されており、中国の「お家芸」ともなっている。
まず周辺国のフィリピン、マレーシア、ベトナム、ブルネイ、台湾と島嶼や環礁を巡って領有権争いが起きている南シナ海に独自の海洋権益が及ぶ範囲として「九段線」を設定していることだ。
フィリピンの提訴に基づきオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が2016年に「中国の主張には法的根拠がなく、国際法違反である」との裁定が下されたが、中国はこの決定を完全に無視して島嶼や環礁に軍事基地を建設するなど一方的に「支配拡大」を続けている。
また経済支援やインフラ整備、投資に巨額の資金援助を行い自国が深く関与する国際網整備を行う「一帯一路」政策も中国の一方的な戦術だ。
その中国からの多額の援助や投資で「債務の罠」にはまったスリランカが内政破綻から大統領が国外逃亡し、国民の反政府、反中国感情が拡大し混乱が生じているのは、中国の身勝手な政策に関係国が振り回される典型的な実例といえるだろう。
同様の危機はアフリカや中南米、東南アジア、太平洋諸国など、中国による経済支援国にも遠からず訪れる可能性があり、米国などが警告。米中が自陣営への囲い込みをめぐり競争が激しさを増している。
フィリピン政府は今のところ「長征5号B」の残骸落下に関して中国政府に抗議する段階には至っていないが、落下物が中国の所有物であることは明らかで、南シナ海問題では対中感情がよくないフィリピンで今後抗議デモや集会などが起きる可能性も否定できない状況という。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など