最新記事

人権問題

「国際刑事裁判所への復帰を考えず」 比マルコス新大統領、ドゥテルテの人権無視路線を継承か

2022年8月2日(火)20時31分
大塚智彦

この英雄墓地埋葬によって、マルコス一族とドゥテルテ前大統領との関係を一層親密なものへの変貌させたといわれている。

2022年5月に投票された大統領選でマルコス候補は副大統領候補としてミンダナオ島ダバオ市のサラ・ドゥテルテ前市長とペアを組んで選挙活動展開。サラ候補はドゥテルテ前大統領の娘で、マルコス候補同様に別途行われた副大統領選挙で圧倒的多数を獲得して当選。元大統領の息子と前大統領の娘という異色の正副大統領が誕生したのだった。

ドゥテルテ政権の継承

こうした経緯からマルコス新大統領は選挙キャンペーンで各地をサラ候補とめぐりながら、国民の生活上場のための経済政策を訴える一方、ドゥテルテ前政権の主な政策を引き継ぐことを訴えてきた。

ICCの予備調査にも反発していたドゥテルテ前大統領同様、マルコス新大統領も今回の「ICCへの復帰はない」と宣言することでICCに「決別の辞」を送ったと言えよう。

今後ICC側が脱退前の事案には捜査権があるとして予備捜査を続行しようとしても調査団のフィリピン入国を拒否するなどの手段で捜査を阻むことは十分考えられる。

ICCは2021年9月に麻薬犯罪捜査に関する捜査開始を決めた。その対象は2011年11月1日から2016年6月30日までの「ダバオ暗殺部隊」、ドゥテルテ前大統領の就任後となる2016年7月から2019年3月16日までの間の麻薬犯罪取り締まりに絡む殺人事件となっている。

「ダバオ暗殺部隊」はドゥテルテ大統領の地盤である南部ミンダナオ島のダバオ市で活動していた自警団で、犯罪者や麻薬密売人などを殺害していた。ドゥテルテ前大統領はこの組織にも関与していた疑惑がある。

人権団体などによると「超法規的殺人」ではこれまでに殺害されたのは2~3万人におよぶ可能性があるというが、治安当局は死者の数を約5000人としており、その数字の差は大きい。

「超法規的殺人」の中には現場で警察官による司法手続きに基づかない射殺以外に、麻薬組織メンバー同士の殺人、容疑者を誤認して無実、無抵抗の人の射殺、さらには私的怨恨に基づく個人の「便乗殺人」などが多く含まれているという。

麻薬問題はフィリピン社会の長年の「病巣」とされ、2016年に就任したドゥテルテ前大統領による「超法規的殺人」を含めた麻薬犯罪対策は国民から歓迎され、世論調査では常に高い支持率を維持し続けた。

こうした人気を背景に続いた「超法規的殺人」を含む麻薬犯罪対策には、フィリピン国内では人権団体などが反対し、野党出身のレニー・ロブレド前副大統領も疑問を示したが、世論を覆すまでにはならず、黙認状態が続いてきた。

そうした状況に敢然と「噛み付いた」のがICCで、マルコス新大統領の「ICC復帰拒否」を受けて、今後ICC側が予備捜査などをどうしていくのか、注目されるところだ。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中