「一族の神話」崩壊に追い込む、ロックダウンに耐えられない脆弱な経済
A Disaster in the Making
問題は、ほかの国々の経験で明らかなように、発熱患者数によっては適切な判断を下せない。新型コロナの感染者は、全くの無症状だったり、発熱などの症状が現れる前にほかの人に感染させる場合があったりするからだ。
そのため、発熱患者数を基準にロックダウンの実施を決めようとすれば、どうしても対策が後手に回る。そこで、感染拡大がある程度以上進めば、北朝鮮当局は予防的なロックダウンという極めて強硬な対策を実行する以外手段がなくなる可能性が高い。
ロックダウン下の生活を経験した人なら誰もがよく知っているように、この種の措置は社会や経済、人々の生活に大きな混乱をもたらす。生産活動が止まり、人々は生活必需品の入手に苦労する。打撃は非常に大きい。それに、ただでさえ脆弱な北朝鮮経済が長期にわたるロックダウンにどれくらい持ちこたえられるかも定かでない。
北朝鮮当局はほかの国の政府に比べて、借り入れを行うことが難しい。ロックダウンにより打撃を受けた市民や事業者は、政府による経済的支援をほとんど期待できない。
もっと深刻な問題もある。日々の仕事による収入を糧に生計を立てている市民は、ロックダウンの命令に従えば飢え死にしても不思議でない。つまり、ロックダウンを実施すれば、北朝鮮の社会に深刻な負荷が掛かり、少なくともある程度の景気後退は避けて通れない。厳しい状況が続いている北朝鮮経済に、また1つ試練が加わることになる。
新型コロナのパンデミックを経験したほかの国々ではほぼ例外なく、パニックによる買い占めなどの社会的混乱が起きた。その傾向は、感染拡大初期で特に際立っている。食料事情の厳しい北朝鮮で同じことが起こらないと判断すべき理由はないように思える。
北朝鮮当局は、社会不安が高まれば軍を動員して秩序維持に当たらせる可能性が高い。しかし、感染症への恐怖、食料不足への怒り、体制への不満が混ざり合えば、市民の反発が一挙に高まってもおかしくない。市民と軍の衝突が過去にないほど激化する可能性は十分にある。
北朝鮮に君臨する金一族への風当たりも強くなりそうだ。北朝鮮の国内向けのプロパガンダでは長年、金一族を神格化し続けてきた。この一族が優れた血統の持ち主で、国を治める天賦の権利があるかのように描いてきたのだ。
しかし、金正恩体制が人々の愛する家族の命を救えず、子供たちに十分な食べ物を用意できないと分かったとき、こうした金一族の「神話」が大きく傷付いてもおかしくない。金正恩による統治の正統性は揺らぐだろう。