最新記事

人権問題

不妊手術強制に補償を! 欧州トランスジェンダーの闘い

2022年5月18日(水)17時40分

ドイツ司法省の報道官は、離婚を強制されたトランスジェンダーがどれくらいの数になるか把握していないとしており、クルーガー氏も試算の困難さを認める。

「強制的な不妊手術の場合、件数は明白だ。法的なジェンダーを変更した人は全員がそれを経験しなければならないのだから」とクルーガー氏。

「だが、強制的な離婚についてはもっと複雑だ。離婚したのは法律のせいなのか、それとも別の理由だったのか」

離婚を求める法律による影響を受けた人々の多くは、家族に与える影響を恐れて、その事実を公にすることを躊躇している。だがハンブルクで暮らす心理療法士のコーネリア・コストさん(59)は、自ら名乗り出ることによって、政治家に正義の実現を促したいと語った。

「子どもの頃から自分がトランスジェンダーであることは分かっていたけど、結婚して子どもを持てば、それも消えるのではないかと願っていた」とコストさんは言う。前妻とのあいだには2人の子どもを授かった。「私たちは何とかうまくやって行こうとしていた。お互いにとても愛し合っていたから」

だが、法的に女性として認定してもらうためには、法律の規定によりが離婚が不可避だったという。

「国に『離婚せよ』と指示された」とコストさんは言う。彼女は、犠牲になったトランスジェンダーだけでなく、元の配偶者や、子どもがいる場合には子どもにも補償の対象を拡大するよう要求している。

金ではなく謝罪を

調査会社ユーガブが最近行った世論調査では、ドイツでは、トランスジェンダーの人々はすでに十分な権利を得ていると考える人が32%、あまりにも多くの権利を得ていると考える人も20%いる。過去の法律による影響を受けた人の中には、最終的に補償を得られるかどうか疑問視する声もある。

「実現するまでは信じられない」と語るのは、北海沿岸のウィルメルムスハーベンに住む写真家キャスリン・レイムローさん(58)。

法の定めに従いジェンダー変更のための手術を受けたとき、子どもを持つという考えを捨てなければならなかった。「可能性だけでも残しておいてくたなら、と思う」とレイムローさんは言う。

連立政権は、連邦議会において十分な過半数を確保している。だが、補償案には反対もある。

2017年の同性婚合法化に反対した極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、連邦政府の補償案に反対している。

最大野党の保守派キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)にもコメントを求めたが、回答は得られなかった。

司法省の報道官は、具体的にどの程度の額の補償が行われるかは未定としている。

緑の党のナイク・スラウィック連邦議会議員は昨年9月、やはり緑の党のテッサ・ガンセラー議員とともに、ドイツで史上初めてトランスジェンダーを公表している連邦議会議員となった。「この補償の場合、決して『完璧な額』には至らないだろう」と語る。

補償措置を検討する議会委員会に名を連ねるスラウィック氏は、「スウェーデンやオランダで、補償がどれくらい成功したのか検証したい」と言う。

だが、影響を受けた多くの人にとって、補償金は最大の課題ではない。

「何より大切なのは、彼ら(国)が間違ったことをやったと認めて、謝罪することだ」と、レイムローさんは言った。

(翻訳:エァクレーレン)

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2022トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【話題の記事】
・ロシア戦車を破壊したウクライナ軍のトルコ製ドローンの映像が話題に
・「ロシア人よ、地獄へようこそ」ウクライナ市民のレジスタンスが始まった
・【まんがで分かる】プーチン最強伝説の嘘とホント
・【映像】ロシア軍戦車、民間人のクルマに砲撃 老夫婦が犠牲に


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    走行中なのに運転手を殴打、バスは建物に衝突...衝撃…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中