台湾に対する米国の戦略的曖昧政策は終わるべきだ
曖昧政策は中国にアメリカの決意を見くびらせる
ロシアのウクライナ侵攻は、後者の領域主権を武力で侵害しただけでなく、主権国家の体制をミサイルと砲弾で転覆しようとする行為である。この点、国際社会に、国際法と国連憲章の解釈をめぐる論争はない。ロシアに対する制裁にどの程度加わるかは、国によって違った。しかしロシアが犯した国際法の重大な違反について、どの国も疑義をはさんではいない。
台湾の場合はどうだろう。中国は台湾を「自国の一部である」と主張している。米国と日本の立場は、そのようにいう中国の主張を尊重するとするものだ。それがゆえに、日本にしろ、米国にしろ、台湾と公式の外交関係をもっていない。世界中で大多数の国は、台湾を独立国家として認めていない。
ウクライナの場合と違って、中国による台湾侵攻は、自国内一地方における反政府活動の鎮圧であって、国際法違反の状態をつくるものではないと、中国の指導者らは、そう主張することが可能である。
ロシアがクリミアを併合したとき、それがウクライナの主権を侵すものであったにもかかわらず、国際社会は、結局のところこれを追認した。これを先例とするなら、国家ではなく一地方の鎮圧であるとするロジックを北京がなすとき、世界はもっと寛容だろうと、中国共産党の指導者たちは考えていたとして驚くに値しない。
ウクライナの危機が起きる以前から、台湾をめぐる問いは、「果たして中国は、台湾を自分のものにするだろうか」ではなく、「いつするだろうか」になっていた。北京はウクライナ戦争の帰趨に関心を払いながら、「いつ、どんな条件で」台湾を自分のものにすることができるか熟考しているにちがいない。
以上のロジックは、戦略的曖昧政策を、維持しがたいものとした。同政策は、米国が十分に強く、中国が軍事力で米国に対してはるかに見劣りした間は、極めて有効に働いた。
そんな時代は、終わりを告げた。いまや曖昧政策は、北京には米国の決意を見くびらせ、台北にはいたずらな不安を抱かせることで、地域に不安定を育てているといえるのではないか。
戦略的曖昧政策が採用されて今日に至るまでの状況の変化を踏まえるなら、米国は、誤解の余地がない、解釈に幅のないステートメントを発出すべきである。中国によるいかなる台湾侵攻に対しても米国は「台湾を防衛する」という明快な意思表示をするべき時が、訪れた。
私は総理大臣として習近平主席に会うたび、「尖閣諸島を防衛する日本の意思を見誤らないでほしい」ということと、日本の意思は揺るぎのないものだということを明確に伝えるのを常とした。
ウクライナを見舞った悲しくもいたましい人類史の惨劇は、台湾をめぐるわれわれの決意には、そして自由と民主主義、人権と法の支配を大切に思うわれわれの決意と覚悟には、一点の疑いも抱かせる余地があってはならないことを、苦い教訓として与えてくれたのだと思う。
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