【浜田宏一・元内閣参与】国民の福祉を忘れた矢野論文と財務省
議論の機会を与えてくれたことには感謝するが......
この機会に、政治家、政策当局者、エコノミスト、そして学者の間で激しく、感情的とも言えるほど意見が分かれているMMT(現代貨幣理論)と呼ばれる学説について触れておきたい。
「通貨発行国の政府は破産しない。政府は債務超過があっても貨幣を発行すれば解消できるからである。過大な財政支出はインフレ、そして通貨の下落(固定相場国では国際収支が悪化)を生ずるだけである。その弊害はインフレが生ずることによる国民へのマイナスの影響である」
以上は基本的には正しい考え方である。しかし、同学説はインフレに対応できる政策案が極めて不十分であり、また政府による労働の割り振りという提言は社会主義国ですでに失敗した実験を繰り返す危険すらある。MMTに対する論争が内外できわめて過敏になっていることも理解できる。
矢野氏の論文を読んで最も違和感があったのは、「財政支出をしても景気は回復しない」「国民もバラマキを望んでいない」「人々は旅行をしたがっている」といった財政緊縮の理屈付けになる事実を、ほとんどデータの裏付けなく財務省に都合のよい人間像として作り上げている点である。
私自身の内閣府経済社会総合研究所長や官房参与の体験からも、専門知を持ちながら政治家に仕える官僚の悩みはわかる。政策決定が下ればしっかり従うが、それまでは上役とも意を尽くしつつ議論するという「後藤田五訓」は正しい。拙著『21世紀の経済政策』では、リンドン・ジョンソン大統領の顧問フランシス・バトールがその機微を語っている。これは日銀の話であるが、黒田東彦氏が総裁になる前に語った政策意見を、日本銀行は『21世紀の経済政策』に掲載することを許可しなかった。矢野次官が勇気を奮って論説を公表したことを大いに歓迎し、政策論を国民とともに論ずる機会を与えてくれたことには感謝したい。
意見はおおよそ正反対になってしまったが、自らが勤める省の伝統を政策的に実現しようとする矢野次官のまじめな政策態度は良く伝わってくる。そして読み物としては、「古代ローマ時代のパンとサーカス」「モノ言う犬」など、歴史を学びつつ楽しみながら読んだことを付け加えたい。
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