最新記事

日本経済

【浜田宏一・元内閣参与】国民の福祉を忘れた矢野論文と財務省

2021年10月22日(金)06時28分
浜田宏一(元内閣官房参与、米エール大学名誉教授)

議論の機会を与えてくれたことには感謝するが......

この機会に、政治家、政策当局者、エコノミスト、そして学者の間で激しく、感情的とも言えるほど意見が分かれているMMT(現代貨幣理論)と呼ばれる学説について触れておきたい。

「通貨発行国の政府は破産しない。政府は債務超過があっても貨幣を発行すれば解消できるからである。過大な財政支出はインフレ、そして通貨の下落(固定相場国では国際収支が悪化)を生ずるだけである。その弊害はインフレが生ずることによる国民へのマイナスの影響である」

以上は基本的には正しい考え方である。しかし、同学説はインフレに対応できる政策案が極めて不十分であり、また政府による労働の割り振りという提言は社会主義国ですでに失敗した実験を繰り返す危険すらある。MMTに対する論争が内外できわめて過敏になっていることも理解できる。

矢野氏の論文を読んで最も違和感があったのは、「財政支出をしても景気は回復しない」「国民もバラマキを望んでいない」「人々は旅行をしたがっている」といった財政緊縮の理屈付けになる事実を、ほとんどデータの裏付けなく財務省に都合のよい人間像として作り上げている点である。

私自身の内閣府経済社会総合研究所長や官房参与の体験からも、専門知を持ちながら政治家に仕える官僚の悩みはわかる。政策決定が下ればしっかり従うが、それまでは上役とも意を尽くしつつ議論するという「後藤田五訓」は正しい。拙著『21世紀の経済政策』では、リンドン・ジョンソン大統領の顧問フランシス・バトールがその機微を語っている。これは日銀の話であるが、黒田東彦氏が総裁になる前に語った政策意見を、日本銀行は『21世紀の経済政策』に掲載することを許可しなかった。矢野次官が勇気を奮って論説を公表したことを大いに歓迎し、政策論を国民とともに論ずる機会を与えてくれたことには感謝したい。

意見はおおよそ正反対になってしまったが、自らが勤める省の伝統を政策的に実現しようとする矢野次官のまじめな政策態度は良く伝わってくる。そして読み物としては、「古代ローマ時代のパンとサーカス」「モノ言う犬」など、歴史を学びつつ楽しみながら読んだことを付け加えたい。

20241126issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中