国際宇宙ステーション、ロシア区画から火災報 万一出火なら対処法は?
手動での消火活動、最悪のシナリオでは退避も想定
さらに深刻なレベルの火災に発展した場合、乗組員たちは酸素マスクを装着し、二酸化炭素消火器や水ベースのスプリンクラー、泡沫消火器など、各種消火設備を投入して消火活動にあたる。ラック内が火元の場合、各ラックにはノズルの挿入口が設けられており、これを通じて消火剤を内部に噴霧できるつくりになっている。
万一、懸命の消火活動が実を結ばなかった場合には、最終手段としてクルーたちはISSを放棄することになる。イギリスの宇宙飛行士であるティム・ピークは2016年、自身のフェイスブックにおいて、その仔細を明かしている。火災が制御不能なレベルに達した場合、クルーはISSにドッキングしているソユーズ宇宙船に退避し、ISSからの離脱に移るのだという。
ピーク宇宙飛行士は、「面白いことに、このソユーズには消火設備がいっさいないのです」と語っている。万一ソユーズにも延焼した場合には、乗員全員が宇宙服のヘルメットを装着し、ソユーズの船内を減圧する。酸素を船外へ追い出すことで燃えにくくするという、原始的ながらも宇宙空間の利点を生かした手法が用いられる。
無重力空間で異なる火災の振る舞い
NASAはそもそも無重力空間での火災について、通常とは振る舞いが異なると説明している。地上の場合、炎は対流によって燃焼をつづける。火は周囲の酸素の助けを借りて燃焼し、熱せられた空気が上方へと逃げる対流現象により、炎の下側から新たな酸素を含む空気が供給される。
ところが、無重力空間では対流が生じないため、理論的にISS内は炎が燃焼しづらい環境にある。ただし現実には、ISS内部にも空気の流れは存在するようだ。宇宙飛行士が呼吸を続けるには、常に新鮮な空気のフローを確保し、口元に二酸化炭素が滞留しないことが重要だ。このため換気システムが船内の給気口から風を常時送り出しており、これが結果的に火災の延焼を助けてしまう。このため、やはり火災を想定した火災報知器の設置が必要となる。
地上と異なるのはその設置場所で、ISSでは換気システムの内部に煙探知器を設けている。無重力下では煙が上方に向かうことがないため、天井付近に設置してもあまり意味がないためだ。室内の空気を回収する換気システムの経路上に煙探知器を設置することで、検知の効果を高めている。なお、誤検知を防ぐために掃除機を使う際には報知器をオフにするなど、運用にあたっては宇宙ステーション独自の気配りが求められるようだ。
トラブル続きのロシアモジュール
今回の一件では煙と異臭が確認されたのみだが、ロシア製モジュールをめぐってはトラブルが続いている。今年7月にはISSとドッキングした実験モジュール「ナウカ」が予定にないスラスター噴射を行い、一時ISSが制御不能に陥る事態が起きていた。船体が540度スピンし、アンテナの姿勢を保てなくなったことから地上との交信も一時断絶した。
昨年10月には、今回発煙が起きたのと同じ「ズヴェズダ」の主要区画が原因とみられる空気漏れが起きており、ISS全体の室温低下を招いた。2018年にはロシア製「ソユーズ」でも地上での行程で発生したとみられる穴が見つかるなど、老朽化が問題となっている。
ISSとは別にロシアが独自に運営していたミール宇宙ステーションでも1998年、酸素キャニスターから出火した。キャニスターは酸素キャンドルとも呼ばれ、燃焼することで新たな酸素を放出するもので、予備の酸素供給源として搭載されている。火元の性質上、鎮火は難航し、ミール全体に黒煙が充満する騒動となった。
ロシア側は現ISSモジュールの老朽化を認め、新ステーションの建造が必要だとの認識を示している。ISSのモジュールとなるか独自計画となるかは結論が出ていない。2028年に迎える既存モジュールの運用終了をもって、ロシアがISSから撤退する可能性も指摘されている。今回の火災報は大事に至らなかったものの、相次ぐトラブルを前に根本的な対処が急務となっている。