テスラvsトヨタ、豊田社長肝いりの燃料電池車は失敗だったのか
欧州規制はPHVも殺す
トヨタにとってEV化を進めることは、4万社以上ある下請け企業の再編、切り捨てにつながる。返り血を浴びる覚悟がないと踏み切れない大改革だ。
そこでトヨタは、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車にFCVとEVという全方位戦略で時間を稼ぎ、その時間でFCVの大幅なコスト削減と、下請け企業の再編を段階的に行っていく。つまりソフトランディングの計画に見えた。
しかし、そんなトヨタを追い詰めるかのように欧州委員会は、2035年までにEU域内の新車供給をゼロエミッション車に限定するという厳しい政策文書を今年7月14日に発表した。
これが正式決定すれば、2035年以降はハイブリッド車(HV)もプラグインハイブリッド車(PHV)も販売禁止となり、新車販売できるのはEVと燃料電池車(FCV)に限られる。
独フォルクスワーゲンは一気にEVシフトに転換するハードランディングで自動車業界の主導権を取ろうとしているし、ホンダも遅ればせながらHVもPHVも捨てて、「2040年までに新車販売の全てをEVとFCVにする」と今年4月に方向転換し、早期退職まで募った。
燃料電池はクルマには向いてない
豊田章男社長はミライの価格をもっと下げたかったに違いないが、売上27兆円の企業をもってしても実現は厳しかった。
一方、テスラは2008年に出したロードスターは1000万円以上したが、4年後に出したモデルSは約750万円に、さらにその5年後に出したモデル3は約350万円相当と、EV価格を劇的に下げてきた。それに伴い販売台数も急激に伸びていった。
こうしてみると、トヨタ自慢の燃料電池システムは、価格帯が高いトラックや船舶のエンジンシステムには使えても、販売価格200万円台の自動車には適していないことは明らかだ。
そもそも、自家用車にコストが高い燃料電池を搭載するという基本思想が間違っていたと著者は考える。
テスラの凄さは、EVの市場を創造したことであるが、その根底には革新的な技術力に加え、破壊的なコスト力があったことに着目しなければならない。
それはイーロンのもうひとつの企業「スペースX」にも当てはまる。スペースXはロケットコストを10分の1にして、さらにロケット再利用でコストを最終的には100分の1にしようと挑んでいる。
かつてのGMと重なって見えるトヨタ
1970年代、米国で厳しい排ガス規制「マスキー法」が制定されると、当時ビックスリーと呼ばれたGM、フォード、クライスラーはこの排ガス規制に猛反対した。挙句に、新たな排ガス対策エンジンの開発にカネを使うのではなく、ワシントンのロビイスト活動にカネを渡して、マスキー法を骨抜きにしようとした。
その動きとは対照的に、日本のホンダはマスキー法をクリアした新型エンジン「CVCCエンジン」を世界に先駆けて開発し、シビックを登場させると環境意識の高いユーザーが飛びついた。すると、トヨタなど日本メーカーは次々と後に続いた。
時代の流れは排ガス対策、低燃費に向かっていたがビックスリーはこれを無視した。
GMの最高幹部たちはデトロイトの本社最上階の豪華な個室で世間と隔絶し、不都合な現実から目を背け、過去の栄光のアルバムをめくっては安心していた。だが、その間も日本車は売れ続けた。
気付けば日本は自動車大国となっていた。しかしそれは、ホンダを始め日本の自動車メーカーが時代に先駆け、リスクを取り、果敢に行動した結果として得たものだ。
ところが、今のトヨタは当時のGMに重なって見えてしまう。
FCVを「フール(馬鹿な)・セル」と酷評したマスクは、今のところ正しかった。
全方位戦略のトヨタに対し、テスラはEVひと筋だ。マスクはリチウム電池の巨大工場ギガファクトリーを世界中に作り、1億台のEVを世界に走らせると、その姿勢はまったくぶれない。従来の「身の丈に合った経営」を嘲うように、マスクは身の丈の5倍、10倍の光速経営で爆走する。
石橋を叩いて渡ってきたトヨタだが、このままではFCVの呪縛に足をすくわれ、21世紀の自動車覇権争いから脱落してしまいかねない。
<筆者・竹内一正>
作家、コンサルタント。徳島大学院修了。米ノースウェスタン大学客員研究員。パナソニック、アップルなどを経てメディアリング代表取締役。現在はコンサルティング事務所「オフィス・ケイ」代表。著書に『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』(ダイヤモンド社)など多数。
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竹内一正 著
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