最新記事

コロナ禍

死別・失業・借金...... インドの家庭を襲うコロナ三重苦

2021年8月2日(月)20時05分

シンガルさんの夫は彼女の腕の中で亡くなった。幸福な家庭生活は覆され、彼女のもとには未払いの請求書、家賃の支払い、わずかな貯蓄だけが残された。

「24時間で何もかも終わってしまった。夫の熱が急に上がり、急いで複数の病院に連れて行こうとしたが、入院許可を待つ間に三輪タクシーの中で亡くなった」

「突如、まだ学校に通っている娘と私自身の将来が自分の肩にのしかかってきた」

シンガルさんには、夫の死を嘆いている余裕はまだない。それよりも、家賃をどうやって払うか、次の食事をどうやって確保するかに集中しなければならない。

「わずかばかりの貯蓄は夫の治療費、葬儀費用、そして先月分の家賃の支払いなどのやり繰りで使い果たしてしまった」と彼女は言う。

2010年代のあいだに、インドでは数千万人が極貧の状態を脱出した。だが世界銀行は、パンデミックのせいで少なくとも一時的にこの流れが逆転したと述べている。

米ピュー・リサーチ・センターは報告書で、1日2ドル以下の収入で暮らすインド国民の数は7500万人増加し、ロックダウンをきっかけとする景気後退によって貧困撲滅の取組みの成果が数年分も帳消しになったと述べている。

同センターは、インドの家庭は所得の減少に対して、食費の切り詰め、家財道具の売却や借金で対応しているとしている。

ロイターの調査によれば、2020年3月にパンデミックが始まって以来、家庭の借金は3倍に増加し、そのうち約半分は過去6カ月の間に発生している。

貧困の罠

アジム・プレムジ大学が実施した「インドにおける労働の現状」と題する調査によれば、昨年、全国規模で実施されたロックダウンの最中に約1億人が職を失い、2020年末の時点では約1500万人が失業中のままだ。

引き続き所得のある人々の中でも、安定した雇用から非公式セクターへの移行が見られる。すでにパンデミック以前から、インドの労働力のかなりの部分は非公式セクターで雇用されていた。

上述の調査の共同執筆者であるアジム・プレムジ大学持続可能雇用センターのアミット・バゾル所長は、「公式セクターで雇用されていた人の半分近くが、現在では何のセーフティーネットもない非公式の労働に従事している」と語る。

「彼らは今後、子どもを学校から退学させる、治療の先送りなど厳しい選択を迫られることになるだろう」

バゾル所長は、景気の回復が遅れれば、債務増大と資産売却が進み、「貧困の罠」が生じるリスクがあるという。

インドは感染拡大の抑制と経済再開のバランスを取ろうと苦心しているが、活動家らは、飢餓という隠れたパンデミックが広がりつつあると言う。

昨年の世界飢餓指数において、インドは107カ国中94位であり、飢餓のレベルが「深刻」とされている。

恐怖と焦り

社会的セーフティーネットが整わない国では、パンデミックの間、人としての尊厳が失われる事態が繰り返し生じている。第2波を生き延びた人々は、恐怖と焦りのせいで、愛する人を丁寧に見送ることができなかったと悔やむ。

アグラのシンガルさんも、自宅で隔離状態に入った夫と、ほぼ1週間まともな会話ができなかった。入院許可を待つ間に死に瀕した夫を蘇生させようと試みるあいだに、最期の時を迎えてしまった。

メグワルさんは自ら母親の遺体を個人防護具で包み、ストレッチャーに載せて運び出した。1000ルピー(約1500円)の料金を払って救急車に乗せ、2キロ離れた墓地に向かった。

「私たちが持っていたものはすべて失われた」とメグワルさんは言う。「政府はコロナ禍の影響を受けた家族を支援してくれると聞いた。なんらかの助けになればいいのだが」

(Roli Srivastava記者、Anuradha Nagaraj記者 翻訳:エァクレーレン)

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2021トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【話題の記事】
・誤って1日に2度ワクチンを打たれた男性が危篤状態に
・新型コロナ感染で「軽症で済む人」「重症化する人」分けるカギは?
・世界の引っ越したい国人気ランキング、日本は2位、1位は...


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、米からの移民送還受け入れへ 米は制裁強化など

ワールド

トランプ氏、米防衛「アイアンドーム」構築求める大統

ワールド

中国AIアプリ「ディープシーク」にサイバー攻撃、新

ビジネス

25年の英成長率予想、0.9%に引き下げ=モルガン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 2
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 3
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」で記録された「生々しい攻防」の様子をウクライナ特殊作戦軍が公開
  • 4
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 5
    オーストラリアの砂浜に「謎の球体」が大量に流れ着…
  • 6
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 7
    不動産危機・中国の次のリスクはZ世代の節約志向...…
  • 8
    日本や韓国には「まだ」並ばない!...人口減少と超高…
  • 9
    関税合戦が始まった...移民送還を拒否したコロンビア…
  • 10
    「1日101人とただで行為」動画で大騒動の女性、アメ…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 5
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 6
    いま金の価格が上がり続ける不思議
  • 7
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 8
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピ…
  • 9
    軍艦島の「炭鉱夫は家賃ゼロで給与は約4倍」 それでも…
  • 10
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 6
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 7
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中