医療崩壊を食い止めた人々がいた──現場が教えるコロナ「第4波」の備え方
THE GOOD “MAKESHIFTS”
やがて国内でも徐々に感染が広がり、容態が急変する患者も旭中央に搬入され始めたなかで、ついに大規模クラスターが発生した。中村は感染管理認定看護師・宮本頼子らと共に3月29日に障害者施設に入り、すぐに事態の深刻さを痛感することになる。報道時点で陽性者は58人だったが、陽性者の数は膨れ上がり、3月末までに93人が確認された。県、国のクラスター対策班などと結成した対策本部はすぐに方針を打ち出す必要に迫られる。
当時、厚労省の方針は陽性者の全員入院だったが、増え続ける陽性者は県内の医療機関には到底収容しきれない。現場が導き出した方針は、「育成園全体を病院にする」ことだった。彼らのミッションは感染拡大を食い止め、流行を沈静化させること。重症者以外は入院させず、軽症者は全て施設内で診療すると決めた。
最初に取り組んだのは施設全体の厳格なゾーニングである。入所者の個室もある施設のほぼ全域の感染区域を「レッドゾーン」に指定し、施設職員や介護者にもPPEの着用を求めた。指導に当たったのは宮本たち看護師だ。ごくわずかな清潔なエリア「グリーンゾーン」は対策本部が使った。82人の入所者、通所者のうち「コロナ」という言葉が分かるのは2人ほどで多くは言葉によるやりとりも難しい。当然ながらマスクや手洗いの呼び掛けも徹底できない。
施設内のある部屋には、普段から仲がいい男性2人が同じベッドで寝ていた。その時点で1人は陽性で、1人は陰性だ。2人を引き離すのではなく、共に陽性者として扱うことが求められる。そんな現場だった。
4月21日のピーク時には職員も含め陽性者数は121人になったが、その後1カ月ほどで減少していった。入院は約15人で、最終的に死亡者は2人である。これは驚異的と言っていい数字だろう。職員たちも防護に習熟し、当初は誰もが先が見えないと思っていたクラスター対策は6月4日に完全に収束した。
新人看護師が立派な戦力に
旭中央では知的障害のある患者の入院も受け入れた。彼らは新型コロナに感染しているにもかかわらず、病室から出ようとする。最初は、看護師数人で身体を固定して点滴などをしていたが、それはかえって逆効果だった。点滴のたびに飛沫は飛び散り、それとは別に看護師4人がかりで身体を拭くといった生活面のサポートも必要だった。
負担を軽減するため彼らは知恵を出し合った。病室内ベッドを布団に変えて、慣れている施設の環境に近づけてはどうか。効果はてきめんに表れ、患者たちは徐々に環境に慣れて、すんなりと治療が進むのだった。
彼らは初期に「最悪の事態」を経験したことで少なくとも3つの重要な知見を手に入れた。第一に不安は知識と現場の実践で軽減できること。第二に新型コロナは専門医にしか治療できない病気ではないということ。第三に地域全体で診療する体制をつくるため、責任を持って関与できる範囲を示すことである。