インドネシア・パプアで牧師射殺 軍と武装組織が非難の応酬、航空機運航に支障出る?
そうした武装勢力側の装備を熟知している治安当局にしてみれば、TPNPBの航空機を攻撃する能力が不十分なことは明白で「せいぜい空港や滑走路にいるとき、あるいは低空を飛行する航空機に向かって銃弾を発砲するのが精一杯の攻撃能力」(地元記者)といわれている。
こうした現実的観点からパウルス本部長の声明は、エレミア牧師射殺事件に関連して武装勢力側の脅威をことさら煽り、社会不安を高め、治安部隊によるTPNPB掃討作戦をより正当化する狙いがあるのではないか、との見方も広がっているという。
パプアでは治安当局、武装組織側によるこうした虚々実々の駆け引きがマスコミをも巻き込んで行われることも通例化している。
コロナ対策同様、政府に打つ手なし
今回エレミア牧師射殺事件が起きたインタンジャヤ県では9月17日にバイクタクシーの運転手が腕を斧で切られて出血多量で死亡したり、別の場所では物資輸送中の陸軍軍曹が銃撃で死亡したりする事件が相次いで起きている。
この2人の殺害事件に関してはTPNPBの分派とみられるグループが犯行を認め、バイクタクシーの運転手という民間人殺害については「治安当局に情報提供する密通者だった」と殺害理由を明らかにしている。今回のエレミア牧師射殺はこの時のTPNPBによる軍曹殺害への報復との見方も現地ではでているという。
このようにパプア州の中央山間部から世界有数の鉱山のある南部ミミカ県にかけては最近、武装組織と治安部隊による衝突、銃撃戦、殺害事件といった「連鎖」が続いている。
ジョコ・ウィドド大統領としてもなんとか長年の念願でもある緊張緩和、そして和平実現を果たしたいところだが、同州ではコロナウイルスの感染も徐々に拡大(24日現在感染者5653人、感染死者80人)しており、加えて犯罪組織(武装組織)の掃討作戦を積極的に進める治安当局の強硬姿勢もあり、大統領としての指導力を発揮するのが難しい状況にあるという。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など