最新記事

新型コロナウイルス

コロナ対策に成功した国と失敗した国を分けたもの──感染症専門家、國井修氏に聞く

2020年9月10日(木)18時50分
小暮聡子(本誌記者)

――日本ではスウェーデンに対する関心が高い。スウェーデンの「独自路線」は成功だったのか失敗だったのか。

スウェーデンは多くの西側諸国とは異なり、感染流行が始まっても外出制限はなく、オフィスも店舗も閉めず、幼稚園と小中学校を休校にしなかった。社会的距離や移動の制限を求めることなどの措置は行ったが、全ては自粛・勧告による緩やかな規制だった。

なぜしなかったかというと、実は憲法で国民の移動を禁止できず、公衆衛生庁といった専門的集団である公的機関の判断を尊重することが規定されているからのようだ。そのため、日本と同じように「自粛」しかできず、スウェーデンの公衆衛生庁の疫学責任者でコロナ戦略を策定したアンデシュ・テグネル氏の判断や発言が大きく影響しているという。

テグネル氏は周辺国の真似ではなく、エビデンスに従い、自分たちが納得する方針を考え施行した。スウェーデンは一般に「集団免疫戦略」を採用したと考えられているが、長期戦を考え、国民・社会が長く耐えられる持続可能な対応としたというのが本当のようだ。

それでもスウェーデンの専門家の中にも反対意見は多かったようで、周辺国に比べて感染者数と死者数が増えるなかで、内外の批判に晒されながらも初志貫徹したテグネル氏を見ると、時に「過激なまでの個人主義」とスウェーデン人が揶揄される理由も理解できる。

死者数が増加していた時期、「完全なる失敗」と言われながらも、「死者の約半分が訪問を禁止されている高齢者施設で発生しているため、封鎖することで死者を減らせたかどうかはわからない」と、冷静にファクトとロジックを見ながら政策を進めていたのが印象的だった。

スウェーデンでは死者の9割以上が高齢者で、その約8割が高齢者施設および自宅などで介護を必要とする人だったという。彼らは寝たきりが多いので、ロックダウンをしようがしまいがそもそも外出しない。つまり、ヘルパーや家族から感染していた。

そのヘルパーには低賃金の移民労働者が多く、ロックダウンをしても来ることに変わりないので、この感染、そして死亡を防ぐ効果的な措置は、ロックダウンよりも介護従事者に手洗いやマスク着用などの感染予防を徹底して意識と行動を変容させることである。特に移民労働者には言葉の壁などもあるので、それらの問題をきちんと把握し解決することが死者数の低減・抑制につながる。

現在、フランスでもスイスでも、欧州の多くの国で公共交通機関、店舗内などでのマスク着用が義務となった。罰金を取られることもある。しかし、スウェーデンではマスク着用による感染抑制のエビデンスは低いとして、学校も店舗内も含めてマスク着用を義務付けていない。それでも現在のスウェーデンでは感染者数は増えていない。むしろ減少傾向にあり、9月1日時点の新規感染者数は172人、死者は1人である。

新型コロナの免疫応答については少しずつ明らかになってきているが、いわゆる「集団免疫」が新型コロナでも有効なのか、つまりある一定以上の人口集団が感染すれば未感染の人々が感染せずにいられるのか、その場合、何パーセントの人口が感染すればそうなるのか、などは未だわかっていない。

免疫は抗体だけではないので、抗体保有率だけで判断はできないが、最近明らかになった大規模調査の結果では、あれだけ感染爆発した北イタリアでも新型コロナの抗体保有率は7.5%、イタリア全体で平均2.5%、イギリスでは6%。

それでもイタリアでは150万人、イギリスでは340万人がコロナに感染したと推計され、報告数のそれぞれ6倍、10倍といわれている。集団免疫が確立するかもしれないとして期待されている40%や60%といった値には程遠い。

いずれにせよ、スウェーデンの今後の対策と感染流行の動向には世界が注目し、そこから学べることは多いだろう。

――日本は成功例に入るのか。

成功か失敗かと2択で答えるなら、日本は成功していると思う。死亡率では世界139位。多くのアジアやアフリカの国よりも人口当り死亡数は少ない。その成功要因と考えられる「ファクターX」については拙著に私見を述べたが、韓国のK-防疫モデルのように一般化、標準化して胸を張って海外に示せるようなものではなさそうだ。

欧米式のロックダウンはしなかったが、経済と公衆衛生のバランスという意味では、スウェーデンと同じくらいに褒められてもいいと思う。ただし、最終的に似たような路線で成功しても、専門家と政治家がタッグを組んで、リーダーがエビデンスと信念をもって迅速な対策・措置を示していたか、国内外に向けて説得力のあるメッセージを発し、徹底したリスクコミュニケーションをしたかによって、世界また国内での評価は大きく変わるだろう。

7月以降、感染者数が増え、今後もどうなるかわからないため、成功、失敗を今決めることはできない。過去を見て成功・失敗を考えるより、現在を見つめ、他国の様々な事例から学び、新たなエビデンスを基に、今後のアクションを考えるほうが重要だ。

<関連記事:西浦×國井 対談「日本のコロナ対策は過剰だったのか」
<関連記事:緊急公開:人類と感染症、闘いと共存の歴史(全文)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

再送-米、ロ産石油輸入巡り対中関税課さず 欧州の行

ワールド

米中、TikTok巡り枠組み合意 首脳が19日の電

ワールド

イスラエルのガザ市攻撃「居住できなくする目的」、国

ワールド

米英、100億ドル超の経済協定発表へ トランプ氏訪
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中