最新記事

映画

そっくりさんに襲われる悪夢、見終わっても落ち着かない傑作ホラー『アス』

Nobody Is Safe from Us

2019年9月13日(金)14時30分
デーナ・スティーブンズ

うり二つの存在が与える恐怖を描く『アス』 (c)UNIVERSAL PICTURES

<胃が痛くなるほど先が読めない本作は、米社会の分断を描いているのか>

あなたたち誰なの?

突然家に押し入り、自分と夫と2人の子供を拘束した侵入者たちに、アデレード(ルピタ・ニョンゴ)は問い掛ける。そろいの赤い服を着て、見るからによく切れそうな金のハサミを手にした4人組は、アデレードたち一家に生き写しだ。アデレードのドッペルゲンガー(分身)が耳障りな声で答える。「私たちはアメリカ人」

ジョーダン・ピール監督・脚本の新作ホラー『アス』は、見る者の心に多くの謎を残して終わる。女の答えもその1つだ。ジョークのようだが、あの状況ではダーク過ぎて笑えない。政治的メッセージも感じさせるが、真意はつかめない。

こうした全編にちりばめられた暗示や隠喩は、オープニングで語られる地下トンネルの迷宮のように、その目的は時に曖昧なままだ。「アス(US)」には「私たち」と「U.S.(アメリカ)」の2つの意味が込められている。ただし、一家の恐怖体験が今のアメリカ政治を直接、風刺しているわけではない。

もやもやした印象が残る本作は、ホラーの定型を外れている。だが不可解なまま終わるからこそ、『アス』は観客を刺激する。見終わった途端に謎を解きたい、誰かに解説してもらいたいとうずうずさせる映画なのだ。

前作『ゲット・アウト』と比べて人種問題の取り上げ方は控えめ。むしろ社会と人の内面において富める者と貧しい者、健康な者と病める者、愛される者と愛されない者を分断する深い亀裂をテーマとしている。

人間と怪物を表現したニョンゴの演技は圧巻

冒頭の回想シーンで、幼いアデレードはカリフォルニア州サンタクルーズの海辺にいる。鏡張りのびっくりハウスで自分とうり二つの少女に遭遇し、ショックで失語症になってしまう。大人になった彼女は夫ゲイブ(ウィンストン・デューク)に、今もあの子に追われている気がすると打ち明ける。

そんな話はサンタクルーズを家族旅行先に選ぶ前にしてくれればいいのに、と常識人の夫は言い返す。休暇の初日、海辺で息子ジェイソンの姿がつかの間見えなくなり、アデレードはパニックに陥る。それは幼少期のトラウマがよみがえったからなのか、それとも一家に実際の災難が忍び寄っているのか。答えはやがて、赤い服のドッペルゲンガー4人組という形で現れる。

胃が痛くなるほど二転三転する展開を堪能してほしいから、ストーリーの説明はここまで。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中