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韓国・文在寅政権「GSOMIA破棄」の真意

An Unexpected Decision

2019年9月3日(火)17時00分
北島 純(社会情報大学院大学特任教授)

もし仮に日本から入手した秘密軍事情報を「極めて高度な政治的判断」から、第三国に提供するように軍に命じる大統領がいたとしよう。これまで軍としては「協定上の法的義務があるので、そのようなことは絶対にできない」と抗弁できた。

しかしこれからは、GSOMIA上の法的義務は消滅し、そうした抗弁は難しくなる。この局面で、最高指揮官たる大統領の命令に対して、軍が取れる対応は次の2つになろう。1つは、命令に従わないで、情報の横流しを拒否する対応だ。

当然ながら軍にとっては従来の安全保障体制の枠組みが維持されるメリットが大きい。しかし、これは反逆行為であり、綱紀粛正で将軍を更迭するなど大統領側に軍に介入する口実を与えることになる。民主共和制の憲法秩序に服従するか否かを、軍にいま一度突き付けることができるのだ。

もう1つは、軍が大統領に従って、情報を第三国に提供する選択をした場合。もし北朝鮮がミサイルを発射したタイミングで、情報の横流しがあったことを日米が認識したら、韓国政府および軍に対する深刻な不信が生まれる。

それは今のような抽象的な不信ではなく、裏切りに対する具体的な不信感だ。この事態こそが、真の意味で東アジア安全保障の危機を招来する。これまでの安全保障体制が動揺することは必定だろう。

南北統一への抵抗勢力

いずれも危ない橋を渡る選択肢で、普通ならばおよそ検討されるような筋の政策選択ではない。

しかし、いかに歴史をめぐって対立してきた経緯があるとはいえ、同じ自由主義陣営にある日本と「事を構える」こと自体が、文在寅の北朝鮮に対する強いメッセージになる。

言うまでもないが文在寅は、政治的な「師匠」である故・盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領が南北統一という「大きな目標」に邁進したがかなわず、非業の死を遂げた様を身近で見てきた人物である。

歴代大統領をはじめとする韓国の政治家や安全保障の専門家はいろいろ発言するだけで、南北分断という悲劇は結局何も変わっていない。これまでと同じような理性的な政策ではらちが明かない。奇策と言われようが、何か新しい手を打たなければならない。

もし文在寅がこう覚悟を決め、朴槿恵(パク・クネ)前大統領が腐敗で失脚し政権を手にした僥倖を生かそうとしているのだとしたら、どうだろうか。実は今、常識外れの奇策が通用するような国際環境の真ん中に韓国は置かれている。

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