最新記事

人権問題

アメリカが拷問と、いまだに決別できない深刻な理由

After Torture

2019年8月2日(金)16時45分
ジェフ・スタイン(ジャーナリスト)

モーガンによれば、09年にHIGが新設されたときも同じような心理が作用していたという。「その頃、CIAの評判が悪くなっていた」

要するに、「科学的な根拠を受け入れて方針を変更したとは考えにくい」というのだ。

CIAはブラックサイトでの尋問から手を引いたと、現役職員もOBも口をそろえる。ジーナ・ハスペル長官は就任前の議会の承認公聴会で、水責めなどの拷問禁止を約束した。

torture190101b.jpg

ハスペルCIA長官は就任前に、水責めなどの禁止を約束したが...... CHIP SOMODEVILLA/GETTY IMAGES


だが、拷問禁止後も大きな問題が残ったと、モーガンは言う。「『尋問はこうやれ』という具体的な指針が存在しなかった」ことだ。特殊部隊などが現場レベルでどんな尋問を行っているかはほとんど知られていないと、モーガンらは指摘する。

元海軍犯罪捜査官のファロンによれば、「国防総省が02年にEITを採用したとき、マニュアルや指針が導入されたが、無視された」という。

今ではEIT自体も禁止されているが、「改訂版」のAFMは虐待の余地をたっぷり残しているという批判が絶えない。例えば、捕虜に対する完全かつ威圧的な優位の確立を推奨していることなどだ。

「身体、感情、心理的支配(の手法)は放棄しなければならない」と言うのは、国防総省の上級尋問官だったスティーブン・クラインマン退役空軍大佐だ。屈辱は怒り、憤慨、抵抗の感情や、報復への欲求を呼び覚ますと、クラインマンは指摘する。それこそまさに、人間をテロに追いやる要因だ。

「屈辱がテロリストを生むのであれば、なぜ屈辱によってテロリストが自白すると考えるのか。科学としてはもちろん、論理的にも矛盾している」と、クラインマンは言う。極端な心理的・肉体的苦痛は虚偽の自白を生みやすいという研究結果もある。

人気ドラマに影響されて

ただし、それ以上に明確な科学的証拠はほとんど知られていない。シャルフのような説得力のある証拠もまれにあるが、あくまで個別事例にすぎない。CIAの秘密工作部門の責任者だったホセ・ロドリゲスがブラックサイトの拷問を記録したテープの破棄を命じたせいで、貴重な科学的証拠が失われたと、モーガンは言う。「資格のある科学者がそれを検証すれば、きちんと反論できたのだが......」

「(AFMは)全面的に改定する必要がある。その尋問手法の有効性を客観的に評価されたことが一度もないからだ」と、イラクでの捕虜虐待の暴露に一役買ったクラインマンは主張する。「彼らには(その手法の有効性を)補強する証拠のかけらを提供する義務すらない」

だが、脅しと強迫、拷問がほぼ常に成果を上げるテレビの刑事ドラマや映画を何十年も見てきたアメリカ人の視点を変えることは容易ではない。00年代に大人気を博した対テロ捜査が題材のドラマ『24─ TWENTY FOUR─』の主人公ジャック・バウアーは、強引な手法で容疑者を次々に自白させ、事件を解決した(奇妙なことに、バウアーはテロリストに拷問されても自白しない)。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、6月以来の高水準=ベー

ワールド

ローマ教皇の容体悪化、バチカン「危機的」と発表

ワールド

アングル:カナダ総選挙が接戦の構図に一変、トランプ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中