インドネシア、パプアの戦闘激化で国軍兵士600人増派 治安維持に躍起
軍部隊を待ち伏せ攻撃、兵士3人死亡
こうしたなか、3月7日午前8時(現地時間)ごろ、パプア州ンドゥガ県ムギ地方で移動中の兵士25人に対し、武装組織による待ち伏せ攻撃があり、激しい銃撃戦の末、兵士3人が死亡する事件が発生した。
武装勢力側も死傷者を出し、少なくとも7人が現場で殺害されたと軍は発表しているが、別の情報では死亡が確認されたのは1人で、他の死者は仲間が収容して山中に避難、行方不明となっているという。
兵士3人死亡という事態を受けて軍は素早く反応、現地に600人の兵士をスラウェシ島マカッサルの部隊から3月9日に急派することを決めた。
さらにジョコ・ウィドド大統領の大統領首席補佐官を務めるムルドコ元国軍司令官(退役陸軍大将)が3月8日、地元紙「テンポ」に対して「(襲撃事件を起こした)彼らに対する評価、考え方を見直すべきではないか。だいたい彼らは本当に犯罪組織といえるのだろうか」と現在の政府、治安当局の見解に疑問を呈した。「犯罪組織というなら(ジャカルタ市内の治安が悪いとされる)タナアバンの犯罪組織と同じではないか。もしインドネシアからの分離を求める武装組織なら軍の対応も別のレベルになる。現在の犯罪組織との戦いというレベルでは最前線の部隊、兵士にも戸惑いや混乱がある」として「犯罪組織なのか独立運動組織なのか再考する必要あるだろう」との見方を示した。
こうした見方は2018年12月の19人が殺害された事件直後からマスコミや政権内部でも指摘された「OPMないしその分派による分離独立運動の一環である」との見方を裏付けるもので、当初「犯罪組織」として容易に対処できると踏んだ治安当局、そしてジョコ・ウィドド政権の読みが甘く、さらに深刻な事態を招いた結果ということができるだろう。
大統領選に向けた治安維持が急務
大統領首席補佐官という立場にあるムルドコ元国軍司令官がこうした見解を示した背景には当然のことながらジョコ・ウィドド大統領の意向が反映しているのは確実といえる。
治安当局が4月17日に迫った大統領選、総選挙に向けたインドネシア国内の治安維持に神経を尖らせる中で、パプアの現状に何らかの有効な手立てを講じる必要性を大統領自身も認識しており、軍の増派にも同意したものとみられている。
そうしたパプアの現状に人権団体などは「犯罪組織なのかOPMなのかに関わらず、現地では住民からの情報収集に名を借りた治安当局による脅迫、拷問、暴行などの人権侵害が横行している」と指摘、警告している。
パプアのンドゥガ県では、2月20日までに学生や生徒約400人が隣接するジャヤウィジャヤ県に避難する事態も起きている。
ンドゥガ県教育委員会は「学校の教育現場へ突然制服姿で兵士らが侵入してきている」ことなどから学生や生徒がトラウマ状態に陥るケースが相次いだため避難という措置をとったという。
遠隔地パプアのさらに山間部という地域で起きていることに関してインドネシアのマスコミも十分な取材ができない状況で、増強された国軍部隊が治安維持という「錦の御旗」の下、パプアの住民に対して何を実際に行っているのか、行おうとしているのか、闇の部分はさらに深まるばかりである。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
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