バンコクで不明のベトナム人権活動家、タイ当局捜査開始 人権問題めぐり国際社会の批判を危惧?
入国記録なしとタイ入管当局
ナット氏の捜査に乗り出す方針を示したタイ入管当局は「ナット氏のタイへの正式な入国記録はない。しかしその行方については捜査することとし、関係部署に指示を出した」と主張している。
その一方でナット氏を拉致、連行したとみられるベトナム人関係者の出入国記録に関しては特に言及しないなど、タイ政府がどこまで真剣にナット氏の捜査に取り組むのか疑問視する声も出始めている。
タイ政府や入管当局は1月に身の危険を理由に第3国への亡命を求めるサウジアラビア人女性をサウジ当局の要請に基づいて強制送還しようとしたところ、国際的な批判を浴びた。最終的に受け入れを表明したカナダに難民として渡航させて「人権への配慮」を内外に示した。
さらに当局からの訴追を逃れ、オーストラリアへの難民移送を希望するバーレーン国籍のサッカー選手ハキーム・アライビに対しても、その身柄の処遇を巡って同様にバーレーン当局の送還要求、国際社会と豪政府からの「解放」要求の狭間で揺れる事態となっていた。
このサッカー選手はバーレーン政府が送還要求を取り下げたために2月11日に自由の身となることが決まったが、こうした一連の人権問題に関するタイへの国際社会の関心が、ナット氏の捜査開始決定の背景にはあるとの見方が有力だ。
米国務省も声明を出して関心示す
こうしたタイ当局の動きに呼応するかのように、米国務省は2月8日に「我々は状況を強い関心を持って注視している」との声明を出してタイ政府の動きを歓迎する姿勢を示している。さらに声明では「報道の自由は政治の透明性、信頼性の基本である。ジャーナリストはしばしば大きな危険を伴う仕事をしなければならないが、その身の保護を国際社会に訴えることは市民や政府の義務でもある」としてナット氏の行方捜索に加えてベトナム政府にも保護を求めている。
アムネスティでは「ベトナム当局はナット氏の追跡情報を持っているはずであり、タイ捜査当局はそのベトナム当局の情報を共有して捜索を行うべきである」としているが、これまでのところベトナム当局はナット氏の消息に関しては一切情報を出していない。
人権団体「ヒューマンライト・ウォッチ」のアジア担当、フィル・ロバートソン氏はロイター通信に対し「ナット氏はUNHCRへの難民申請が目的でタイに来た。それ(難民申請)を望まない組織や人物があったということであり、タイ当局は迅速な捜査を実施するべきである」としている。
地元紙「バンコク・ポスト」などによるとバンコクのUNHCR事務所は「個別事案に関してはコメントしない」とナット氏の難民申請の事実関係の確認を避けている。
2月27,28日にはベトナムの首都ハノイで第2回目の米朝首脳会議が予定されており、トランプ大統領を迎えるベトナム政府に対して、ナット氏の問題にどう対応するのか注目が集まっている。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
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