最新記事

メディア

企画に合うコメントを求めていないか? 在日コリアンの生活史が教えてくれること

2019年1月28日(月)16時15分
碓氷連太郎

しかし延奎さんの妻で、伯母の朴貞姫(パク・チョンヒ)さんからは体験しているはずなのにいつまで経っても四・三事件の話は出てこず、魚と畑と家と家族の話ばかりだったそうだ。そして彼女は15歳前後の頃、朝鮮解放後に日本を目指した韓国・朝鮮人を「密航者」として収容していた大村収容所(長崎県)にいたが、当時を


「ものすごい食べるもんがあんねん」
「その、腹減ると、ものすごい面白い」

「刑務所いうても、めっちゃええねん。みんなこんな畳の上でな、もう座って遊ぶしな、何もそんな、どっか閉じ込められるとかそんなん違うねん」

と振り返っている。

この言葉に朴さんも頭の中で「いや伯母さん、収容されてるんだから閉じ込められてるでしょ......」というツッコミを入れるが、「きっと、伯母さんは本当に楽しかったのだろう」とも記している。


大村収容所で被収容者の待遇改善を求める決起集会やデモが行われたことと、伯母さんが同じ場所を「ものすごい面白い」「めっちゃええ」と話したこと、どちらもともに事実であるなら、それはいかなる意味において「本当」なのか、そこから何がわかるのだろうか。

 ごく簡単だろう。他の収容者にとっては集会やデモを行わなければならないほどの環境が、おばさんにとっては「めっちゃええ」環境だったのだ。それまでの済州の暮らしと比較して「めっちゃええ」のかもしれないし、その後の大阪の暮らしと比較して「めっちゃええ」のかもしれない。

朴さんは伯母が四・三事件について語らなかったことについて、「幸せな記憶の方だけを語ることを選んだのかもしれない」と思いつつも、同時に「本当のところどうなのかは、私にはわからない。もしかしたら伯母さん自身にも、もはやわからないのかもしれない」とも吐露する。

そして、誰かが自身の体験を歴史的な出来事と関連付けて話す際、その人の個人的な体験を歴史の中に位置づけて理解できたように感じてしまうことから、この貞姫伯母さんの話を、理解できていないように感じるとも語る。


私は長い間ずっと、伯母さんの話をどう理解すればいいのかわからないでいた。伯母さんの話があまりにも個人的で、他の事件と関連付けにくいからだ。伯母さんのインタビューを引用したところで、先行研究と結び付けにくいのだ。

しかし朴さんは伯母の語りを自分がわかるように誘導することも、「先行研究と結び付けにくいから」と切り捨てることもここではしない。わからないことを認めながら、じっくりと拾い続けていく。その上でこう言う。


 この結びつかなさもまた、いやこの結びつかなさこそ、歴史的な事実なのだろうと思う。つまり四・三事件を「四・三事件」として語らないことや、大村収容所を同時期に起こっていた抗議行動やそれへの弾圧にもかかわらず、「ものすごく面白」くて「めっちゃええ」場所として思い出すことそれ自体から、私たちは情報を引き出せる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

商船三井の今期、純利益を500億円上方修正 市場予

ビジネス

午前の日経平均は続伸、米株高の流れを好感 徐々に模

ワールド

トランプ氏「BRICS通貨つくるな」、対応次第で1

ワールド

米首都の空中衝突、旅客機のブラックボックス回収 6
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中