トランプ当選を予言した2人の監督が語る、アメリカのカオスと民主主義
Prophets of Doom
――ジム、取材していて、いわば「もう1つの事実」を信じ込んでいる人たちがいることに気付いた瞬間を覚えているか。
<スターン>そのような認識は、次第に強まっていったというほうが正しい。ウェストバージニア州で話を聞いたトランプ支持者は、「トランプは本当のことを言っている。クリントンは嘘つきだ」と口々に言っていた。これは全く事実に反する。
その後、アリゾナ州で取材を始めると、この種の主張が目に余るようになった。ある女性は私にこんなことを言った。選挙の投票の8票に1票は不正投票で、民主党の候補に入れられている、と。それはどこで知った情報なのかと問いただすと、女性はなんとなくそう思うと答えた。これは本当にまずいぞ、と思ったのはそのときだ。
――そうした状態が「カオス(大混乱)」だということか。
<スターン>人々が自分と異なる主張に耳を閉ざし、自分と同じ意見ばかりを聞くようになれば、興奮が高まり、やがてはカオスに陥る。それにトランプ自身がカオスの極致のような人間だ。この点は、私が取材したトランプ支持者たちも認めている。
――あなたは映画の中で、現在のアメリカの状況を的確に表現した比喩を紹介している。
<スターン>3人の視覚障がい者がゾウと出くわす。1人は尻尾に、1人は脚に、1人は胴体に触れる。すると、最初の人物はそれをロープだと思い、2人目はそれを小さな木だと思う。3人目は巨大な木の幹だと思う。
(リベラルな)カリフォルニアにいる人と、(保守的な)ウェストバージニアにいる人では同じテレビ討論を見ても、受け取る印象がまるで違う。
――マイケル、あなたはアメリカの民主主義が壊れていて、修復不可能だと言う。今後、人々が勝てる見込みはないのか。
<ムーア>来年はアメリカで女性の参政権が認められて100年になる。好ましい変化が全く起きないわけではない。けれども、今のアメリカは1歩前進すると2歩後退する。オバマ政権の時代には5歩前進したが、その後、8歩後退してしまった。
それでも人々が勝つ可能性はある。ただし、そのためには私たち一人一人が自分の役割を果たさなくてはならない。傍観を決め込むのではなく、行動を起こす必要がある。
――ジム、民主主義は機能する政治システムだと思うか。
<スターン>間違いなく機能する。ただし、大統領選挙人制度が機能するかは別問題だ。(この間接選挙制度のせいで)過半数の有権者から支持された候補者が大統領になれないという状況は、受け入れ難い。こんなことが起きるのは、アメリカの選挙の中でも大統領選だけだ。
――マイケル、民主党のために十分に戦わなかったバラク・オバマ前大統領にも敗戦の責任があると言う人もいる。
<ムーア>オバマを悪く言うつもりはない。私はオバマが大好きなんだ。ケネディ時代やアイゼンハワー時代を生きてきた人にとってさえ、生涯でオバマが最も優れた大統領であることは疑う余地はない。在任中の8年間、われわれ(リベラル)はオバマ批判をしたくなかった。彼の味方になる必要があった。
つまり政権交代の時点で、アメリカのリベラル階層は現状に満足していて自由放任主義だった。そもそもヒラリーは、得票数ではトランプを300万票近く上回っていた。ロシアはアメリカにさまざまなこと(選挙介入)を仕掛け、アメリカの民主的プロセスを損なうために多大なエネルギーを投じたが、アメリカ人の大部分をトランプ支持に変えることはできなかった。
合衆国憲法の中にも奴隷制の残滓はあるし、トランプ勝利の唯一の理由は選挙人制度だ。私たちは臆病者みたいに行動しているが、そういう生き方にはもううんざりだ。映画が人々の心に火を付けてくれることを願う。