最新記事

ドキュメンタリー

トランプ当選を予言した2人の監督が語る、アメリカのカオスと民主主義

Prophets of Doom

2018年10月31日(水)16時30分
ニーナ・バーリー

――ジム、取材していて、いわば「もう1つの事実」を信じ込んでいる人たちがいることに気付いた瞬間を覚えているか。

<スターン>そのような認識は、次第に強まっていったというほうが正しい。ウェストバージニア州で話を聞いたトランプ支持者は、「トランプは本当のことを言っている。クリントンは嘘つきだ」と口々に言っていた。これは全く事実に反する。

その後、アリゾナ州で取材を始めると、この種の主張が目に余るようになった。ある女性は私にこんなことを言った。選挙の投票の8票に1票は不正投票で、民主党の候補に入れられている、と。それはどこで知った情報なのかと問いただすと、女性はなんとなくそう思うと答えた。これは本当にまずいぞ、と思ったのはそのときだ。

――そうした状態が「カオス(大混乱)」だということか。

<スターン>人々が自分と異なる主張に耳を閉ざし、自分と同じ意見ばかりを聞くようになれば、興奮が高まり、やがてはカオスに陥る。それにトランプ自身がカオスの極致のような人間だ。この点は、私が取材したトランプ支持者たちも認めている。

――あなたは映画の中で、現在のアメリカの状況を的確に表現した比喩を紹介している。

<スターン>3人の視覚障がい者がゾウと出くわす。1人は尻尾に、1人は脚に、1人は胴体に触れる。すると、最初の人物はそれをロープだと思い、2人目はそれを小さな木だと思う。3人目は巨大な木の幹だと思う。

(リベラルな)カリフォルニアにいる人と、(保守的な)ウェストバージニアにいる人では同じテレビ討論を見ても、受け取る印象がまるで違う。

――マイケル、あなたはアメリカの民主主義が壊れていて、修復不可能だと言う。今後、人々が勝てる見込みはないのか。

<ムーア>来年はアメリカで女性の参政権が認められて100年になる。好ましい変化が全く起きないわけではない。けれども、今のアメリカは1歩前進すると2歩後退する。オバマ政権の時代には5歩前進したが、その後、8歩後退してしまった。

それでも人々が勝つ可能性はある。ただし、そのためには私たち一人一人が自分の役割を果たさなくてはならない。傍観を決め込むのではなく、行動を起こす必要がある。

――ジム、民主主義は機能する政治システムだと思うか。

<スターン>間違いなく機能する。ただし、大統領選挙人制度が機能するかは別問題だ。(この間接選挙制度のせいで)過半数の有権者から支持された候補者が大統領になれないという状況は、受け入れ難い。こんなことが起きるのは、アメリカの選挙の中でも大統領選だけだ。

――マイケル、民主党のために十分に戦わなかったバラク・オバマ前大統領にも敗戦の責任があると言う人もいる。

<ムーア>オバマを悪く言うつもりはない。私はオバマが大好きなんだ。ケネディ時代やアイゼンハワー時代を生きてきた人にとってさえ、生涯でオバマが最も優れた大統領であることは疑う余地はない。在任中の8年間、われわれ(リベラル)はオバマ批判をしたくなかった。彼の味方になる必要があった。

つまり政権交代の時点で、アメリカのリベラル階層は現状に満足していて自由放任主義だった。そもそもヒラリーは、得票数ではトランプを300万票近く上回っていた。ロシアはアメリカにさまざまなこと(選挙介入)を仕掛け、アメリカの民主的プロセスを損なうために多大なエネルギーを投じたが、アメリカ人の大部分をトランプ支持に変えることはできなかった。

合衆国憲法の中にも奴隷制の残滓はあるし、トランプ勝利の唯一の理由は選挙人制度だ。私たちは臆病者みたいに行動しているが、そういう生き方にはもううんざりだ。映画が人々の心に火を付けてくれることを願う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中