名ドラマ『大地の子』の養父役、朱旭さんに見た「古きよき中国の父親像」
中国でも惜しまれている朱旭(左)Spanish Films/YouTube
<第二次大戦後、中国に取り残された日本人孤児を引き取り、自分の子供として育ててくれた中国人もいた。そんな中国人男性を演じて歴史に刻んだ俳優が逝った>
9月15日、中国の名優が亡くなった。朱旭さん、88歳。朱さんの名前を聞いてもピンとこない日本人がほとんどだと思うが、朱さんは中国を代表する俳優のひとり。日本とも縁が深く、40代以上の日中関係者の間ではよく知られた存在だった。
最も強く印象に残っているのは、1995年にNHKで放送されたドラマ『大地の子』だ。これは山崎豊子の小説をもとに、NHKの放送70周年記念番組として中国中央電視台(CCTV)と共同で制作したものだった。
内容は中国残留日本人孤児の波乱万丈の人生を描いたものだ。主人公の陸一心を当時無名の新人だった上川隆也が演じ、その養父役(陸徳志)を朱旭さんが演じた。主人公が人買いにあって裸にされ、道端で売られているところを養父である陸徳志が救い出し、自分の子どもとして育てるが、「小日本鬼子(日本人の蔑称)」といじめられ、苦労しながら成長する。そして日本の支援を受けた中国で初の製鉄会社でエンジニアとして活躍し実の父親と対面する。苦難を乗り越えようとする一心を陰で支える愛情深い父親が朱さんだ。
中国残留日本人孤児とは第二次大戦直後、中国に取り残された日本人の子どものことだ。混乱の中、日本に引き揚げる両親とはぐれたり、両親が長い道中を連れていくことができないなどさまざまな理由で中国に置き去りにされた子どもたちで、数千人から数万人に上るといわれている。
1991年に出版された小説『大地の子』はそうした事実に基づき、山崎が中国の農村にまで出向き、300人以上の残留孤児にインタビューし、8年もの歳月をかけて書き上げた労作だ。
「真実を書け」と言った胡耀邦
山崎が後に執筆時を振り返って書いた「『大地の子』と私」(文春文庫)によれば、ほとんどの孤児が生活のために働き詰めで、ろくに学校にも行けなかったが、たったひとりだけ大学まで進学させてもらえた孤児がいた。その孤児の逸話を聞き、小説の主人公の姿が思い浮かんだ、と回想している。取材を開始した1984年当時、中国での取材は非常に難しかったが、胡耀邦総書記(当時)の後押しがあったからこそ、やり遂げることができたという。
小説やドラマの中では文化大革命で主人公が味わった悲惨な経験も表現されているが、いまだに中国ではタブーといわれている文革をここまでリアルに描いている同作品が果たした意義は大きい。
胡総書記は山崎にこう語ったといわれている。
「中国を美しく書いてくれなくてもいい。中国の欠点も、暗い影も書いて結構。ただし、それが真実であるならば」
こんな骨太の指導者が中国にいたからこそ、小説もドラマも非常にリアルに当時の中国を描くことができたのだ。