最新記事

北朝鮮

「日本は深く考えてみるべきだ」北朝鮮がお説教を始めた

2018年6月21日(木)16時30分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

北朝鮮がどう考えているか知ることも必要だ Jonathan Ernst-REUTERS

<米朝首脳会談の成功に気を良くした金正恩は、北朝鮮への「圧力」を取り下げるよう日本に求めだした>

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は19日、「日本は深く考えてみるべきだ」と題した論評を配信。日本が北朝鮮に対する国際的圧力の維持を訴えていることを非難した。北朝鮮メディアは最近、米韓に対する非難を控えながら、日本に対しては従来通りの論調で攻撃を続けている。

「日本が相変わらず『国際的な対朝鮮圧力』を唱えている」との言葉で始まる論評はまず、「年頭からわれわれの主動的かつ平和愛好的な措置によって和解と緊張緩和の局面に入った地域情勢の流れを一番快く思わず、ブレーキをかけようと振る舞った日本の醜態は口にすることさえ鼻持ちならないほどである」などとして、日本の「安倍外交」を非難。

続けて、「わずか数カ月前までだけでも軍事的衝突の危険が極に達していた朝鮮半島と地域に平和と安定の雰囲気が到来し、はては数十年間持続してきた敵対的な朝米関係が時代発展の要請に即して画期的に転換される大きな出来事が起こった」としながら、「これは、対話と協商を通じて現実的な方法で問題を解決するのが大勢になっているということを示している」と指摘した。

さらに、「日本の行為はむしろ、自ら自分らを孤立させる結果だけをもたらした」「なぜ、日本だけが地理的に近い朝鮮と『遠い国』になっているのか」などと主張している。

まさに、米朝首脳会談の成功に気を良くした金正恩党委員長が、安倍晋三首相に「お説教」を垂れているような構図である。北朝鮮のメディア戦略は金正恩氏が直接指揮しており、こうした論評は彼本人の言葉であると理解して差し支えなかろう。

参考記事:金正恩氏が自分の"ヘンな写真"をせっせと公開するのはナゼなのか

しかしそもそも、北朝鮮が無茶な核兵器開発などしなければ、北東アジア情勢はよほど静かで安定していたはずだ。そのような認識が完全に吹っ飛んだ勝手な言い分である。

さはさりながら、この論評からはひとつのメッセージを読み取ることができる。日本は、「国際的な対朝鮮圧力」といった主張をするな、ということだ。

思い出すのは、米朝首脳会談が行われる10日前、事前調整のため訪米した金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長と会談したトランプ米大統領の発言だ。トランプ氏は記者団に対し、「北朝鮮は非核化を望んでいる。金正恩氏は非核化に専念していると信じる」と述べるとともに、「北朝鮮にこれ以上『最大限の圧力』という用語を使うことを望まない」と言ったのだ。

北朝鮮側はおそらく、「圧力に屈する形で非核化することはできない。だから『最大限の圧力』という言葉は使わないで欲しい」と持ち掛けたのではないか。金正恩氏はほかにも、トランプ氏に「お願いごと」をしたはずだが、とりあえずはこれが、米朝間でひとつの約束事になったのではなかろうか。

参考記事:あの話だけはしないで欲しい...金正恩氏、トランプ大統領に懇願か

では、日本政府はこれからどうすべきか。言うべきことはハッキリ主張し続けるべきであると筆者は考えるが、同時に、相手がどういう考えを持っているのか慎重に探ることも必要だろう。

ただでさえ、日朝間の意思疎通は難しくなっている。近年、北朝鮮は対日関係に関心を失っており、「知日派」と言えそうな人材も乏しい。むしろ、大阪にルーツを持つ金正恩氏が、それでも日本に関心を持っている方かもしれない。

日本政府が将来の日朝関係をどのように構想するにせよ、安倍首相と外務当局は当面、難しいかじ取りを求められることになりそうだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トヨタのHV、需要急増で世界的に供給逼迫 納期が長

ビジネス

アングル:トランプ関税発表に身構える市場、不確実性

ビジネス

欧州自らが未来を適切に管理する必要、トランプ関税巡

ワールド

イラン最高指導者、トランプ氏の攻撃警告に反発 「強
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 5
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中