最新記事

シリア情勢

シリア化学兵器使用疑惑事件と米英仏の攻撃をめぐる「謎」

2018年4月17日(火)20時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

米英仏がアサド政権を実行犯と断じているのは言うまでもない。米政府高官は14日、被害者に瞳孔の収縮や中枢神経系の障害といった症状が見られたとしたうえで、塩素ガスだけでなく、サリンが使用された可能性もあると報道関係者に説明した。

また攻撃は樽爆弾によるもので、事件発生時にヘリコプターが旋回、このことがシリア軍の関与を裏付けていると指摘した。このブリーフィングに先だって、NBCも12日、複数の米政府高官の話として、現地の病院で入手した被害者の血液や尿のサンプルから塩素ガスや種類不明の神経剤を示す陽性反応が出たと伝えていた。

だが、すでにさまざまな場で指摘されている通り、圧倒的優位に立つシリア軍が、欧米諸国の非難に曝される危険を冒してまで化学兵器を敢えて使用するメリットはどこにあったのか? 

また12日までに完全制圧されたドゥーマー市で、米英仏はどのようにサンプルを採取し、診断結果を得たのか? 同日までにドゥーマー市からトルコが実質占領するジャラーブルス市(アレッポ県)方面退去したイスラーム軍の戦闘員や家族のなかに被害者がいたのか?

aoyama5.jpg

ドゥーマー市から退去したイスラーム軍幹部(出所:「ドゥラル・シャーミーヤ」2018年4月12日)

ダナ・ホワイト国防総省報道官の14日の発言を引用すると、答えはこうだ――「いろいろな情報があるが、それについて今は話したくない」。

これに対し、ロシアとアサド政権は、事件が英国の支援を受けたホワイト・ヘルメットによる捏造で、塩素ガスを含む化学兵器はそもそも使用されていないか、シリア軍を貶めようとする反体制派が使ったと反論した。

ロシア国防省のイゴール・コナシェンコフ報道官は13日、事件現場の撮影に参加した複数の人物をつきとめたとしたうえで、彼らが「身元を隠さず実名で」(とは言っても氏名などは公表されていない)こう証言したと発表した――「現場から病院に搬送された人たちには、有毒ガスで負傷した症状はなかった...。だが、負傷者への応急処置をしていると、何者かが病院に進入した。何人かはカメラを持っており、パニック状態を作り出そうとして叫び出し、そこにいた人たちに水をかけ、現場にいた全員が有毒ガスで負傷していると主張した」。

こうした主張をプロパガンダだと一蹴して、無知と思考停止に陥ることは簡単ではある。だが「フェイク・ニュースの常習犯」であるはずのロシアやアサド政権の反体制派自作自演説に説得力を与え、謎と疑念を深めているのは、透明性を欠く米英仏の態度なのだ。

OPCWを黙殺しようとする米英仏

もう一つの"謎"は、化学兵器禁止機関(OPCW)が現地調査を行うにもかかわらず、米英仏がシリアでの化学兵器の使用実態の調査と責任追及を目的とした独立国際調査機関(UNIMI)の設置に固執していることだ。

米国は9日、国連安保理にUNIMI設置を定めた決議案を提出、10日にロシアの拒否権発動で否決されると、15日には英仏とともに、UNIMI設置と、人道支援、和平協議再開をセットにした新たな決議案を提出した(なお、この決議案もロシアの反対で否決される見込み)。

UNIMIは、昨年末に任期を終了した国連OPCW合同査察機構(JIM)の後身として位置づけられる機関だ。このJIMは、ドナルド・トランプ米政権による最初のミサイル攻撃のきっかけとなった昨年4月のハーン・シャイフーン市(イドリブ県)でのサリン使用疑惑事件について、現地調査を行わないまま、欧米諸国の主張に沿ったかたちで使用の有無と実行犯を断定した。このことがロシアとアサド政権の反発を招き、JIMはロシアが任期延長を求める国連安保理決議案に2度にわたって拒否権を発動することで廃止に追い込まれていた。

aoyama6.jpgJIMの報告書(出所:UNSCR、2017年10月26日)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不

ワールド

アングル:またトランプ氏を過小評価、米世論調査の解

ワールド

アングル:南米の環境保護、アマゾンに集中 砂漠や草

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中