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北朝鮮「美女応援団」のエースは、いかにして金正恩の妻となったか

2013年6月に朝鮮人民軍を視察する金正恩党委員長に同行した李雪主夫人 KCNA-REUTERS

<2005年に韓国・仁川で開催されたアジア陸上選手権に「美女応援団」として参加したのが金正恩夫人の李雪主氏>

9日に開幕する平昌冬季五輪に向け、北朝鮮の「美女応援団」など280人が7日、陸路で韓国入りした。日本では「美女軍団」として知られる北朝鮮の応援団が、国際スポーツ大会で韓国に派遣されるのは、2005年9月に仁川で開かれた陸上アジア選手権以来となる。

当時の応援団には、後に金正恩党委員長の夫人となる李雪主(リ・ソルチュ)氏も参加していた。美女軍団の中でも「エース級」の美貌と言えた李雪主氏は、韓国メディアなどのカメラにバッチリとらえられていた。

彼女はどのようにして、金正恩氏の妻となったのか。

スキャンダルの噂

脱北者で平壌中枢の人事情報に精通する李潤傑(イ・ユンゴル)北朝鮮戦略情報センター代表によれば、李雪主氏は1988年9月23日、平壌市の順安(スナン)区域で生まれた。1989年生まれとの説もあるが、李代表によれば1988年で間違いないという。以下、同氏の情報をもとに、李雪主氏の半生をたどってみる。

(参考記事: 【写真特集】李雪主――金正恩氏の美貌の妻

李雪主氏は咸鏡北道(ハムギョンブクト)の清津(チョンジン)生まれとの情報もあるが、これは父親の故郷であり、李雪主氏は平壌の生まれ育ちだという。

父親は軍出身の航空機パイロットで、母親は地元の商業管理所の会計担当者だった。パイロットはエリートではあっても、特権階級とは言えない。身内に高位幹部もおらず、庶民的な家庭と言える。

幼い時から歌と踊りの才能を見せ、小学校の担任教師の推薦と、娘の教育に情熱を注いだ母親の努力でエリート校である金星学院に入学できた。

しかし金星学院の生徒は、多くが特権階級に属している。上は朝鮮労働党や政府、軍などの重要機関トップの孫、下は平壌市の区域党責任幹部や各道の党・行政機関の責任幹部の子供たちといった具合で、李雪主氏のような「庶民派」は友達付き合いなどで苦労を強いられたと見られる。

それでも、歌の才能と美貌に恵まれた李雪主氏は、16歳のときには朝鮮労働党の幹部5課の目にとまったという。5課は、金正日・金正恩ファミリーの身近で仕える人々を選抜する部署で、あの「喜び組」もこの部署の担当だ。

さらには父親の遠縁の親戚が、党宣伝扇動部の重要幹部につながる人脈を持ったことで、李雪主氏の未来は大きく開けた。金星学院を卒業後、金元均(キム・ウォンギュン)名称音楽総合大学(旧平壌音楽舞踊大学)に入学。美女応援団の一員として韓国を訪れたのは、この頃である。

同大学(2年制)を卒業した2008年、李雪主氏は人民保安部人民内務軍協奏団で声楽家としての活動を開始。そして同年12月頃、銀河水(ウナス)管弦楽団のメンバー候補に選抜された。

このとき、李雪主氏に注目したのが金正恩氏の叔父・張成沢(チャン・ソンテク)党行政部長だった。張氏は、李雪主氏を金正恩氏の夫人候補として金正日氏に推薦。金正日氏も彼女を気に入り、息子にプッシュしたという。

つまり、李雪主氏を見つけたのは金正恩氏本人ではなかったということだが、その後の様子を見れば、正恩氏が妻を気に入っているのは明らかだ。

金日成氏の最初の妻で金正日氏の実母である金正淑(キム・ジョンスク)氏は、国母としてまつり上げられている。また、金日成氏の後妻である金聖愛(キム・ソンエ)氏は、一時的にせよ公職に就き、権力の一端にあった。それでも金日成氏は孫のように、まるでデートを楽しむかのように妻を現地視察に連れ歩きはしなかった。

(参考記事: 金正恩氏が意のままにする「美人妻利権」の現場写真

金正日氏に至っては、妻を公の場に登場させたことは皆無だ。複雑な女性遍歴のために、やろうにもできなかったのかも知れない。

かつて李雪主氏が所属していた銀河水管弦楽団は、彼女の名前も取りざたされたスキャンダルが「血の惨劇」を呼び、解散させられた。もしかしたらそこにも、金正恩氏の妻への「愛情」が作用していたのかもしれない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
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