最新記事

北朝鮮危機

米軍は北朝鮮を攻撃できない

2017年10月10日(火)14時00分
フレッド・カプラン(スレート誌コラム二スト)

アール・ウィーラー統合参謀本部議長はメルビン・レアード国防長官に、「さらなる敵対行為への対応として」こうした攻撃を「迅速に」実施すれば「重大紛争を引き起こすような規模の報復行動へと北朝鮮を挑発しないというかなりの可能性」がある、と書き送った。

このメモをレアードはキッシンジャーに送り、「これまでのどの提案よりも理にかなう」ように思えると進言した。

「重大紛争」の引き金を引かない「かなりの可能性」。それがベストな選択ということだ。

しかし吟味の結果、これも却下された。7月2日、ホワイトハウス地下の緊急司令室でキッシンジャーは「どんな行動を取るにしても(北朝鮮からの)反撃を不可能にすることが肝要だ」と述べている。

仮にB52で空爆するとして、「3機ではなく25機を出しても、それでこちらの払う代償が大きくなるわけではないが」、いずれにせよ戦争はエスカレートし、双方の損害も増える。キッシンジャーはそう語っている(引用は会議の記録係による要約)。

戦争になるとすれば、どう対応すべきか。政権幹部と軍幹部は米軍機撃墜への報復と、その後の戦争への対応について、さらに検討を続けた。最終的には25通りの選択肢が用意された。

核兵器を使う案も3つあった。第1案では、軍事標的12件を核兵器で攻撃する。使用する核兵器はTNT火薬換算で約200トンの威力の砲弾から10キロトンの爆弾まで。第2案では、北朝鮮が韓国を攻撃した場合、軍事標的の範囲を広げて70キロトンの核爆弾を使う。第3案は、より多くの標的に10キロ~70キロトンの爆弾を投下して北朝鮮の攻撃能力を「大幅に」減少させるとしていた。

結局、ニクソンは核兵器を使わなかった。たぶんキッシンジャーの意見に従ったのだろう。ニクソンは何もしなかった。少なくとも武力の行使には出なかった(ただしベトナム戦争では逆の選択をしていた)。

magw171010-nixon.jpg

ニクソン(左)とキッシンジャーは北朝鮮攻撃を思いとどまった Richard Corkery-New York Daily News Archive/GETTY IMAGES

歴代米政権が通った道

代わりにニクソンが取った対応は、北朝鮮の近海に空母戦闘群を新たに送り込み、偵察飛行を再開し、護衛の戦闘機を飛ばすこと。そして米軍に手を出すなと北朝鮮に厳しく警告する一方、地域の同盟諸国に対しては、アメリカは相互防衛の義務を果たすと確約した。

全ては北朝鮮がまだ核兵器に手を出しておらず、山腹に多数のロケット砲を隠してもいなかった時代のこと。それでもこれが唯一の選択肢だった。言い換えれば、当時の北朝鮮は今よりはるかに脆弱だったにもかかわらず、ニクソンもキッシンジャーも米軍制服組のトップも、「全面戦争を招く可能性の限りなく少ない軍事的対応」などは見つけ出せなかったのだ。

それからの数十年、歴代の政権は何度か危機を経験し、北朝鮮への対応の検討を迫られた。北朝鮮領空を侵犯した米軍ヘリが撃墜された94年のビル・クリントン大統領(以下、肩書は当時)とウィリアム・ペリー国防長官。北朝鮮が核開発を再開した02年のジョージ・W・ブッシュ大統領とディック・チェイニー副大統領。いずれも多くの選択肢を検討した末に、同じ結論に達している。

「悪とは交渉しない。悪を打ち倒す」というチェイニーの発言を強気に繰り返していたブッシュも、結局は北朝鮮との交渉を再開した(有意義な結果を生むには遅きに失していたが)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 10
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中