ロシアが狙う地中海という足場
「反NATO」の地位確立
「ロシアはこの協議を利用して、トルコと他のNATO加盟国との間にくさびを打ち込もうとしている」とカサグランデは言う。「NATOを弱体化し、混乱させようというロシアの世界戦略の一環だ」
しかも、その戦略は功を奏しているようだとカサグランデは言う。
まず戦術レベルでは、アサド政権側は急速に失地回復を果たしている。今やフランスのエマニュエル・マクロン大統領でさえ、6年以上に及ぶシリア内戦の終結には「アサド退陣」が前提だとの主張を取り下げている。政府軍は国土の西半分を(反政権派の拠点都市である北部イドリブを除いて)ほぼ制圧した。東部への進軍を続け、ISISの占拠するデリゾールへと向かっている。
一方で、ロシアの目は西方に向いている。黒海艦隊に属する軍艦15隻を含む海軍の精鋭部隊を地中海東岸に集め、そこに恒久的なプレゼンスを築くつもりだ。これらの艦船が拠点とするのはシリアの沿岸都市タルトス。ロシア政府は向こう50年ほど、ここに海軍基地を置くことでアサド政権の合意を取り付けている。
地中海東部に展開するロシアの艦隊は、今のところシリア領内にあるISISの拠点に向けて最新鋭の巡航ミサイルを撃ち込んでいる。しかし、この核弾頭搭載可能なミサイルがNATO加盟国内の標的を射程に収めるのは時間の問題だ。
「シリアへのロシアの関与は、中東地域全体で影響力を拡大させたいというロシア政府の願望と確実に関係がある」と言うのは、シンクタンク「セクデブ・グループ」の主任アナリスト、ニール・ハウアー。その証拠に、ロシアはタルトスの海軍基地でもラタキアの空軍基地でも施設の近代化工事を予定しているという。
「こうした動きは、シリアの反体制派やISISの掃討に必要なレベルをはるかに超えている。今後、この地域でロシアが主役の座を確立し、NATOに対抗する存在としての地位を築くことが目的なのは明らかだ」
【参考記事】<発言録>冷徹、強硬、孤独な男ウラジーミル・プーチン
つまり、ロシアの野望はシリアだけでは終わらないということ。既にエジプトでロシアの特殊部隊が目撃されたという情報もある。リビアで政治的影響力を増大させつつあるハリファ・ハフタル司令官に接近している気配もある。ホーシー派(シーア派の反政府武装勢力)に対するサウジアラビア主導の軍事攻撃で大きな打撃を受けたイエメンにも、ロシアが軍事的に進出できる余地がある。
今のNATOは北のバルト海沿岸諸国などでロシアと厳しく対峙しているが、気が付けば南のほうでロシアが影響力を拡大し、ソ連時代に劣らぬ勢力圏を築き上げているかもしれない。
「プーチンは既にリビアやエジプト、イエメンのような国々で戦略的に好ましい条件を作り出している」と、カサグランデは言う。「ロシアは中東で実に巧みに立ち回り、長い目で見て自分たちに有利な状況を生み出している」
<本誌8月29日号「特集:プーチンの新帝国」から>
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