フィリピン南部に戒厳令 ドゥテルテ大統領が挑む過激派掃討
今回注目されている過激組織マウテグループはフィリピン軍などによるとアブサヤフと連携してこれまでもフィリピン各地で爆弾テロを繰り返しており、ISとのつながりも指摘されている。
戒厳令による人権侵害への懸念も
第2次世界大戦後にフィリピンで戒厳令が布告されたのは1972年のマルコス大統領、2009年のアロヨ大統領に次いで今回のドゥテルテ大統領が3回目となる。戒厳令下では国軍・警察など治安組織が地方自治体の有する行政権を一時的に統制、令状なしの身柄拘束、家宅捜索などが可能になり、夜間外出禁止令、抵抗者への発砲・殺害などが可能になる。
戦闘激化が伝えられるマラウィは市民の大半がイスラム教徒であることから戒厳令布告による治安組織の権限強化が一般市民のイスラム教徒の人権侵害につながらないか、国内外のイスラム団体、人権団体、野党は「マルコス大統領時代の戒厳令下では戒厳令の名のもとに多くの弾圧、暴力、殺害、破壊などの人権侵害が横行したことを忘れてはならない」と警告している。
ドゥテルテ大統領は会見の中で「マウテグループは市民、警察官、兵士の命を奪う破壊者であり、テロリストである。フィリピンの法と秩序を守ることは憲法で認められていることだ」と戒厳令布告の正当性を強調。マラウィ周辺への国軍部隊の増派も決めた。
一方で政府は戒厳令布告に伴い、銃所持許可証を持つミンダナオ地方の一般市民に対しても「自らや家族を守る必要がある時はその許可証に基づく銃器を使用することを認める」ともしており、一般市民による誤射や違法殺害の心配も出ている。
ドゥテルテ政権が推し進めている麻薬関連犯罪容疑者への「超法規的殺害」政策が麻薬と無関係の殺人への違法行為、人権侵害を煽っていると国際社会から厳しい批判を受けており、今回の戒厳令がさらなる人権侵害を助長する可能性も否定できない。
そうした中で、イスラム過激組織掃討の困難さは戒厳令布告をもってしても変わりない。むしろさらに戦闘が激化するだけでなく、他の地域での爆弾テロ、襲撃テロ、外国人などの拉致、殺害を誘発する危険性をはらんでいる。
戒厳令という切り札を切ったドゥテルテ政権も、今後とも厳しい対応を迫られることになるのは確実で、全土への戒厳令布告、戒厳令の延長などで「マルコス政権下の暗黒の時代への逆戻り」を懸念する見方も出始めている。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
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