最新記事

北朝鮮

金正男殺害の容疑者は北朝鮮の秘密警察に逮捕されていた

2017年3月24日(金)13時12分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

マレーシア警察当局が2月19日の記者会見で公表したリ・ジヒョン容疑者の写真 Athit Perawongmetha-REUTERS

<暗殺に関与したと見られ、国際手配されているリ・ジヒョン容疑者の経歴をマレーシア警察が発表した。しかし、それだけでは、なぜエリートだった彼が自分の手を汚すに至ったかが不明なまま。元ベトナム書記官の証言によれば、リ容疑者には逮捕歴があった>

北朝鮮の金正恩党委員長の異母兄・金正男(キム・ジョンナム)氏殺害に関与したと見られ、インターポールにより国際手配されているリ・ジヒョン(33、男性)容疑者の詳しい背景が明らかになった。金正恩氏の通訳として将来を嘱望されたエリートでもあった彼が、どのようにして自分の手を汚すに至ったのか。

元ベトナム書記官の独占証言

「リ・ジヒョン容疑者は前科者として、手柄を欲していた」

23日午後、元北朝鮮外交官の韓進明(ハン・ジンミョン、43歳)氏がソウル市内でデイリーNKジャパンに独占証言した。平壌出身の韓氏は金日成総合大学フランス語学科を卒業し、2008年から外務省に勤務。2013年から15年1月までベトナム大使館で三等書記官を務めたベトナム通だ。

リ容疑者については、マレーシア警察が今月22日にその経歴の一端を明かしている。

過去に2度ベトナム大使を歴任したリ・ホン氏の息子で、1984年生まれ。父に従いベトナムで育ち、2009年11月から11年2月までベトナム大使館で補助書記官として勤務していた。その後、北朝鮮に帰国し、2015年1月と16年9月の北朝鮮外務省高官によるベトナム訪問の際に通訳を担当したという。

「韓流」にハマり

だが、ベトナム当地の事情をよく知る韓氏は「この情報だけでは、リ容疑者が金正男氏暗殺に関与した背景を知る上で十分ではない」と指摘する。

そしてリ容疑者がベトナム大使館勤務中の11年2月に突如帰国したウラに「国家安全保衛部(現国家保衛省)による逮捕および召喚」の事実があったことを明かした。

「リ容疑者は当時、ベトナム大使館に勤務しながら週に三度、ハノイ市内のベトナム国立大学で英語を学んでいた。だが、朝の出勤時間も守れず、ぼうっとする時間が多かった。勤務時間後もすぐに自分の部屋に戻り食事時にもなかなか出てこないため、いぶかしんだ保衛部が調査に乗り出した」(韓氏)

秘密警察である保衛部員は世界中の北朝鮮大使館に必ず常駐し、駐在国での諜報任務を行うかたわら、駐在外交官の動向を監視する。

「だがリ容疑者がなかなか尻尾をつかませなかったため、保衛部は『急用』と偽り、彼に北朝鮮に一時的に戻るよう促した。それを信じたリ容疑者が荷物を置いたままハノイを離れるや、一斉に荷物のチェックを始めた。するとノートパソコンから大量の韓流ドラマファイルが見つかり、リ容疑者はそのまま二度とベトナムに戻れない身になった」(同)

厳しい情報統制を敷く北朝鮮では、韓国ドラマを見ることは重罪に問われる。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

コピーや流布など、その程度がひどい場合には、銃殺や「地獄の一丁目」として知られる政治犯収容所行きもありうる。いくら父親が外務省の幹部とはいえ、リ容疑者も数年の刑を免れないはずだった。

(参考記事:「幹部は私の腹にノコギリを当て切り裂いた」脱北女性、衝撃の証言

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ハマスが人質リスト公開するまで停戦開始

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中