最新記事

インタビュー

アパホテル書籍で言及された「通州事件」の歴史事実

2017年1月20日(金)15時49分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

Newsweek Japan

<アパホテルが中国から批判されているが、問題の書籍では南京大虐殺の否定と並んで通州事件の陰謀説が説かれている。近年「歴史戦」という言葉が取り沙汰されるが、そもそも通州事件とは何か。そして私たちは歴史戦をどのように理解すればいいのか。『通州事件』の著者、広中一成さんに聞いた>


事実が歪められて、情報謀略戦として、「南京三十万人虐殺説」が流布されたのである。そもそも既に南京を攻略した日本軍にとって、南京で虐殺行為をする理由はない。一方、通州事件や大山大尉惨殺事件、第二次上海事件などでの日本人に対する残虐行為には、日本軍を挑発し、国民党政府軍との戦争に引きずり込むというコミンテルンの明確な意図があったのである。
――藤誠志『本当の日本の歴史 理論近現代史学』より(客室設置の書籍について | 【公式】アパグループ

 日本のホテルチェーン、アパグループが中国から批判されている。いわゆるネット炎上事件となったばかりか、中国外交部報道官がコメントするまでに事態は発展している。問題は客室に置かれていた書籍だ。元谷外志雄グループ代表が藤誠志のペンネームで執筆したもので、南京大虐殺の否定や通州事件の陰謀説などが説かれている。

 今回の事件に限らず、南京大虐殺や通州事件をめぐる歴史問題は中国との軋轢を生んできた。近年、日本のインターネットでは「歴史戦」という言葉を見かけることが少なくない。歴史認識問題や領土問題に関する歴史的主張について、中国や韓国のプロパガンダに日本も対抗しなければならないとの意味合いを持つ。

 2015年12月には保守系団体「新しい歴史教科書をつくる会」が通州事件に関する史料を世界記憶遺産に申請すると発表した。中国が申請した南京大虐殺史料の世界記憶遺産登録に反発し、「歴史戦」を挑もうとしているわけだ。

 こうした動きを私たちはどのように理解すればいいのか。約10年もの間、通州事件について研究を続け、昨年12月に著書『通州事件――日中戦争泥沼化への道』(星海社)を出版した広中一成さん(愛知大学国際コミュニケーション学部非常勤講師)に話を聞いた。

――通州事件とはどのような事件だったのでしょうか。

 通州事件は日中戦争勃発後の1937年7月29日、北京近郊の通州で起きた冀東防共自治政府保安隊の反乱事件を指します。犠牲者については諸説ありますが、事件後の調査によると、通州に住んでいた日本人と朝鮮人合わせて225人が殺害されました。「中国は南京大虐殺ばかりを宣伝するが、日本人が虐殺された事件もある」「きわめて残忍な手法で殺された。中国人の民族性のあらわれだ」などなど、中国を批判する材料として近年使われるようになりました。

――アパグループの元谷CEOは著書で通州事件はコミンテルンの陰謀だったと指摘されていますね。

 元谷さんのオリジナルではなく、以前からよく言われていた話です。通州事件に限らずどんな歴史的事件にも、不明な部分が多いとユダヤ人やコミンテルンが黒幕だとする陰謀説はつきものなんですが(苦笑)。ただしそれを証明する史料は存在しませんし、コミンテルンが関わったことを示す傍証もないので、現在のところ歴史研究の対象にはなりません。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中