最新記事

欧州

ヨーロッパで政争の具にされる国民投票

2016年8月30日(火)18時20分
マット・クボートルップ(英コベントリー大学政治学教授)

 とはいえ、交渉の切り札になるというだけでは今の国民投票ブームは説明がつかない。根底にはもっと大きな変化がある。ヨーロッパにおける統治の形が変わりつつあることだ。

 グローバル化の時代には、国内政策であっても自国の都合だけでは決められない。EU加盟国はとりわけそうだ。環境、金融、貿易、安全保障など多くの政策が自国の首都ではなくブリュッセルで、EU官僚と各国政治家の協議を通じて策定される。

 政治家は自国の議会と国民に対して責任を果たさねばならないが、EU官僚の主張に押されて、各国の要求はなかなか通らない。当然、各国の国民の不満が高まる。それを沈静化させるために政治家は国民投票の実施を約束して、民意重視の姿勢をアピールしようとする。

 おまけに、イギリスの場合は誤算だったが、国民投票を実施したために足をすくわれるリスクは小さいと、政府はみている。ブレグジット以前に各国で実施されたEU関連の国民投票では、政府が推進する政策が支持される確率は73%だった。そう考えれば、国民投票は政権の正統性を主張でき、交渉で優位に立て、厄介な決定を国民に押し付けて責任を回避できる一石三鳥のツールになる。

【参考記事】ブレグジットで泣くのはEUだ 欧州「離婚」の高すぎる代償

 そのため政治家は盛んにこの手を使うわけだが、利用の意図が透けて見えるケースもある。ハンガリーのオルバン・ビクトル首相は今年2月、EUの難民受け入れ枠に関する国民投票を実施すると発表した。そのときは難民の受け入れには「人々の支持」が必要だと理想主義的な演説を行い、他の国々にも実施を呼び掛けた。

 それまでかたくなに妥協を拒んでいたドイツのアンゲラ・メルケル首相は、国民投票をちらつかせるハンガリーに譲歩し、難民の流入を抑制するためトルコと協定を結んだ。目的を達したと見るや、ハンガリー政府は人々の支持などどうでもいいとばかりに国民投票に言及しなくなった。しかしブレグジットを受けて、ハンガリーはEUで発言力を増すために、今秋にも国民投票を実施すると言いだした。ご都合主義もいいところだ。

有権者にも努力が必要

 こうした形で直接民主主義を利用してもいいのか。国民投票の悪用は政治不信や無関心を招く恐れがありそうだ。

 興味深いことに、多くの場合、世論調査では逆の結果が出ている。いい例がスコットランドの独立をめぐる住民投票だ。ある調査では、投票実施前の13年には政治に「非常に」関心がある人は32%だったが、投票実施後の14年には40%に上った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン

ワールド

EU、米と関税巡り「友好的」な会談 多くの作業必要

ビジネス

NY外為市場=ドル小幅高、米中緊張緩和の兆候で 週

ビジネス

米国株式市場=4日続伸、米中貿易摩擦の緩和期待で 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中