トルコ軍の対ISIS越境攻撃はアメリカにプラス
それにしてもなぜトルコは今になって介入を決めたのか。SDFは何カ月も前から支配地域を拡大していた。SDFを支援しているアメリカが、トルコとの国境に近づき過ぎないよう牽制してくれることを期待したのかもしれない。だが、SDFはユーフラテス川を渡って8月12日にシリア北部のマンビジを制圧、さらに西進を続けて、トルコ国境に近いエフリンを落としそうな形勢だった。トルコにとっては想定外で、慌てて越境攻撃に踏み切ったようだ。
アメリカはアサドよりISISを倒して欲しい
いずれにせよ今回の動きは、これまでと打って変わってトルコが対ISIS掃討作戦に積極的に打って出る姿勢を示したもので、今後のトルコとアメリカの関係強化に役立つ。従来アメリカは、トルコが支援するシリアの反政府武装勢力との共闘には後ろ向きだった。シリアの独裁者バシャル・アサド大統領との戦争に巻き込まれかねないからだ。トルコ政府がテロ組織と見なすPYDをわざわざテロ組織の指定から除外し、対ISIS掃討で支援してきたのもそのためだ。
アメリカに必要なのは、ISISを打ち負かし、クルド人に懐疑的なアラブ系住民をなだめ、単なる武装組織としてではなく戦略的パートナーとして組むことができる同盟相手だ。だがトルコがアサド政権とPYDの掃討だけを目的に軍事作戦を展開する限り、アメリカの思惑は何一つ実現しない。もしトルコ政府が、ISIS掃討で中心的な役割を果たすことこそが、トルコ南部のクルド人独立勢力の動きを牽制しつつ、シリア北部のアラブ系住民の支持を得ることにつながるなら悪い話ではない、と考えたとしたら話は大きく変わってくる。
ジャラブルスでのISIS掃討作戦は、トルコ政府の戦略の変化やPYDの過度な勢力拡大、ISIS掃討のため仲間を増やしたいアメリカの思惑など、いくつかの要素が絡み合い実現した。トルコはジャラブルスに軍の一部を駐留させる可能性もあるが、おそらくシリアの反政府武装勢力に任せるだろう。ISISの反撃に耐えられれば、ジャラブルスはトルコが支援する反ISIS緩衝地帯の拡大に向けた出発点となる。トルコと反政府武装勢力との間の協力関係は強固になり、アメリカも支援できる。
勢力図の変化は、シリア北部での戦いに重大な影響を及ぼす。短期的にはトルコとPYDの緊張が高まるかもしれず、アメリカはISIS掃討を念頭に、両者の関係を取り持つ必要に迫られるだろう。もっともアメリカは、トルコが敵対視するPYDではなく、NATOの同盟国であるトルコを支持するしかないのだが。