トランプ現象の背後に白人の絶望──死亡率上昇の深い闇
白人労働者の絶望を示唆する調査結果も発表されていた。2015年9月にプリンストン大学のケース教授とアンガス・ディートン教授は、薬物・アルコール中毒などの「絶望による死」の増加を主因に、中年(45~54歳)の白人による死亡率が上昇していることを明らかにした。黒人やヒスパニックの死亡率は低下しており、白人でも中年における死亡率の上昇は学歴の低い層に限られる(図2)。まさに製造業などに従事する割合が高い人々である。
表面からは見えない絶望の広がり
こうした調査結果からは、トランプ支持の中核をなす白人労働者が、死と背中合わせの絶望の淵にある構図が連想される。しかし、白人による死亡率上昇の現実は、トランプ旋風が示唆するより深刻である。絶望を感じている白人は、必ずしもトランプ支持者に限らないからだ。
トランプの支持者は白人男性に偏っているが、実は死亡率が上昇しているのは白人の女性である。1990年と2014年を比較すると、むしろ男性の死亡率は低下している(図3)。都市部に住む女性の死亡率に大きな変化はなく、地方居住の女性における上昇が著しい。
年齢の面でも、中年に限らない広がりが出てきている。地方在住の女性では、25~44歳の年齢層において、1990年以降の死亡率が30%以上も上昇している。また、2000年代に入ってからは、男性を中心とした若い世代の白人において、薬物中毒の増加が目立つ。先のCDCによる調査を年齢別に分析した結果でも、25~34歳の死亡率の上昇が、もっとも白人の平均寿命を押し下げている。
薬物中毒は、先に犠牲となった歌手のプリンスのように、医師に処方された鎮痛剤がからむケースが多い。白人の場合には、黒人などと比べて容易に鎮痛剤が処方される傾向があり、犠牲者を増やしているとも指摘されている。
トランプを支持しているのは白人男性だが、絶望は彼らの周りに広がっている。トランプの派手な言動や、選挙集会での衝突など、荒っぽさが目立つ今回の大統領選挙だが、表面には出てこない絶望も、かなり深刻であるようだ。
安井明彦
1991年富士総合研究所(現みずほ総合研究所)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同政策調査部長等を経て、2014年より現職。政策・政治を中心に、一貫して米国を担当。著書に『アメリカ選択肢なき選択』などがある。