最新記事

ベネズエラ

崩れゆくベネズエラ ── 不穏な政治状況、物不足と連日の襲撃事件

2016年6月8日(水)08時15分
野田 香奈子


危うい非常事態宣言


 5月13日の非常事態宣言以降、ベネズエラ全体の緊張は一気に高まりました。ここで一斉摘発というのは、つまりは言うことを聞かない会社に「接収するぞ」と脅しをかけることを合法化する、という危険なものです。

 このような事態に対してアメリカも懸念を示しています。

 懸念されるクーデターですが、具体的な陰謀の証拠はまだ出ていないとはいえ、政府が一つまた一つとおかしな動きをするごとに、国民の間では絶望のあまりクーデターに対する期待の高まりもみられます。

 ただし、クーデターが実際に起きたところで治安回復や政権交代などがうまくいく保証はありません。チャベスは2002年のクーデター未遂で一時的に軍に監禁されるという苦い経験をしたため、その後念入りに軍の人事などの調整を行い、クーデターによって政権が転覆されることが二度とないよう準備を整えています。コレクティボスと呼ばれる武装した過激チャベス支持者による民兵組織がその例です。また、軍内部の麻薬絡みの対立の噂もあります。軍内部の実態が見えず、コレクティボスらがいる限り、軍が武力で事態を収拾できるという保証はなく、むしろ内戦の恐れすらあります。安易にクーデターが起きれば...と言えない理由がここにあります。

 とはいえ、どのようにしてベネズエラはこのような事態に陥ったのでしょうか? これをうまくまとめたのが、アトランティックのこの記事です。

崩れゆくベネズエラ


 工場経営者が労働者のためにトイレットペーパーを大量に買ったら、アメリカに支援された経済戦争の片棒を担いでいるとして逮捕される。これが今のベネズエラです。

 書いたのは『権力の終焉』の著者モイセス・ナイームとCaracas Chroniclesの創設者フランシスコ・トーロです。(スペイン語版が読みたい人はスペインの新聞エルパイスでどうぞ。)

記事によると、ベネズエラでの死亡率はここ2年で跳ね上がっている。干ばつで水もないし、電気もない。長年、投資やメンテを怠ってきたインフラはボロボロ。

 それくらいベネズエラは貧しい国なのでしょうか? 石油価格下落の影響はそれほど甚大だったのでしょうか?

ナイームとトーロは否と言います。もちろん石油の影響はあるけれど、現在の危機的状況、物不足や治安の悪化などが急激に悪化し始めたのは2014年、石油がまだ1バレル100ドルで取引されてた頃だからです。

 てんかんの薬さえ飲めば問題なく元気に暮らしてた14歳が、薬不足で数日間薬が飲めなくて亡くなる。こういうケースが毎日続々と起きてるときに、政府は薬の確保ではなく、F1レーサーのマルドナードに年間4500万ドル出し続けていた。

 でもかつてはあんなに豊富にあった石油マネーはどうなったのでしょうか? 汚職、汚職、汚職、汚職、汚職...で、もうありません。

 貧困対策? チャベス派は長年、貧困層への教育をプロパガンダの中心にしていたけれど、これも現在では虚しいお粗末な状況です。学校給食プログラムは機能してないし、貧しい子どもは飢えまっしぐら。一方で2003年以降、政府関係者は食料輸入関連の汚職だけで2000億ドルは盗んでいた。

 2000億ドルって、日本円で17兆円弱ですよ。しかも食料輸入関連だけでこの額です。
(この記事については、国連の外交問題のポッドキャストGlobal Dispatchesでもトーロが話してるので良かったら聴いてみてください。)

チャベス派の中からも起こる抗議

 ちなみに、貧困対策でも特に有名なミシオン・ビビエンダですが、かつてはチャベス派の票は堅いと言われていたこのような場所でも抗議運動が起きていることを英紙ガーディアンが伝えています。当然だと思います。ミシオンのお世話になるような貧しい人から飢えていくからです

 このような状況なので当然、野党の反発は大きく、さらにその反発を、政府は法的権力をもって(最高裁による野党が多数派を占める国会の無効化などによって)抑えつけようとしています。出口は見えないまま緊張ばかりが高まり、政治状況も芳しくありません。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中